
ogyoza
@uuoics
2026年7月31日
ニュー日本文学史
三宅香帆
読み終わった
現代語訳がついているのだけど、それらすべて著者によるものだということをはじめに断っておくほうが親切な態度かなという気がする。(奥付の前のページに書いてある。)
以下、すこし引っかかった箇所。
「そしてこのような理系少女の物語が今なお時を超えて読み継がれていることに、私は少しだけ、希望を見いだしたくなる。」(p62)
「そこに江戸時代、登場したのが、芭蕉の俳諧だった。それは彼自身が俳壇から一度降りたところから始まったアンチテーゼだったし、」(p129)
「ふたりは一時期一緒に住むくらい仲が良かったと言われるが、結局その後共同制作することはなかった。ふたりの原稿料が上がったからだとも、亀裂が走ったからだとも言われている。」(p180)
「日本文学では常に、これまでの伝統という集団と戦う、個としての作家の姿があった。集団にいながら、個人であること。そうあることが難しければ難しいほどに、その葛藤がエネルギーとなって、日本文学を更新し続けてきた。鷗外もまた、個として文学を使おうとし続けたひとりの作家だった。」(p217-218)
「まあ、文学とはそういうスキャンダラスな内面を吐露する、驚きの告白であると思われていたのだ。私小説といえばかっこいいが、ぶっちゃけ自分のありのままのスキャンダラスな話をどれだけできるか合戦となっていく。しょうもないでござる。」(p224)