
ジクロロ
@jirowcrew
2026年8月2日

心理学と錬金術 1 新装版
C.G.ユング,
池田紘一,
鎌田道生
読んでる
こうして結局最高の哲学的価値は「賢者の石」のものとなった。というのも変化したものより変化させるものの方が高く見られたからであって、変化させるというのは他ならぬ「奇蹟の石」の魔術的性質の一つを示すものであった。
(『個体化過程の夢象徴』 16 夢)
象徴は「もの」に付与される。
概念を感じられるように、それに容姿を与えること。それが象徴化であるとするなら、象徴化されてしまった概念は、おのずとその意味を存在として託した「もの」の属性もまた、無意識のうちに背負うことになるのではないかと思う。
石は磨くことができる。
小さければ投げることができる。
大きければ座ることもできる。
変化するものは液体でなければならないが、
変化させるものは恒常性と座標が必要となる。
ゆえに「石」というものに「哲学的価値」という象徴が託されることになった。
哲学書は石である。
それは、磨くことも、投げることも、座ることもできる。
しかしそれらは混ざらない。
各々が、ライプニッツの言うところの「窓のないモナド」。
「石」の骨学的意義に関しては、ヘルメスの言とされている次の部分が特に参考になる。「賢者の息子らよ、比類なく価値高きこの石の語るところをしかと弁えよ、〈……わが光はなべての光に勝り、わが価値はなべての価値をよせつけず……光われを生むなり、しかれども闇またわが本性より出来るなり……〉」(『哲学者の薔薇園』二三九頁)。
「石」になれば、その存在を誇る(光らせる)ことができる。しかしその代償として「影」を背負うことになる。
哲学書とは、自らを変化させることができなければ、ただの石に過ぎない。むしろ知らないうちに知性の「影」の側面を存分に背負うことになる。
ユングの語る無意識とは、この「影との闘い」である……という教えは、河合隼雄さんの本の方がわかりやすく書いてある。