高橋
@takaryo
2026年8月5日
ロリータ
ウラジーミル・ナボコフ
読み終わった
一体、私は何を読んでいたのだろうか?
始まりから、とうとう最後の一行まで、ずっと、一体私は何を読んでいるのだろうか?と問い続け、本を閉じても、遡行的に秩序づけられない。いったいわたしはなにをよんでいたのだろうか?
文を頭に通過させ、意味はこぼれ落ち、響きのようなものがずっと鳴り続け、はじめの音は忘れている。音楽を聞きながら、既にはじめの音を忘れているように。
野心的で勤勉な若者になるべく、再読せねばならないが、何を再読すればよいのだろうか?ナボコフは小説をたんに、再読すれば良いのだと答えるのだろう、たんに音楽をまた聞くように。
意味付けの繰り返しで、比喩は馴染み詩は私に心を開き物理法則も発見できるだろう。しかしそれでも読んだことにはならないだろうし、というか、今までも何も読んでなどいなかったということなんだろう。
私は何を求めてこれから再読するのだろう
ローティの読みの根拠を探し編ませるような体験の中に光の乱反射で眩ませられ続ける時間、それが初読後の単純な印象、大江に褒められたい(2026.8.5 0:15)
