高橋
@takaryo
- 2026年5月22日
文字渦円城塔読み終わったもっと賢くなってもう一度読みたい。文の意味を追うことをせず、ただ塊として笑っていくような体験だった。犬神家とか知らんしアッシリアとかさ、世界史で聞いた程度だけどやっぱ知ってるだけでフリが効くようになるからさ、なんか、こんなアホな小説を、書いてる円城も出してる新潮も、なんか、感動したよ途中、まじで人生にとってなんの役にも立たない、何の意味も無い時間を過ごしてるっておもった。最高だ。 アホなだけじゃないんだよなと考え出したら埒があかないけど、とにかく鮮烈な読書体験だった。ルビとか真似したすぎるなあー - 2026年5月14日
クローバーナイト辻村深月読み終わった鋭いことと、それを口にすることと、それが優しくあることと、それぞれ全然ちがう階層の話なのかもだけど、鋭くないとなんにもなんないからなあ、鋭いと疲れるだろうし、でも優しくありたい人に、差し出せるのはいいよね、間違えるのかもだけど、いややっぱ鋭かったら間違えないのか? とにかく辻村は鋭くて優しくて強い人間に憧れさせるのが異常に上手い。愛染さん!憧れは理解から最も遠い感情なの!???? 努力でなんとなならないんですかね、でも鋭くなったら疲れそうだし、こう良い感じにセンサー切るのとか必要になりそうだよねって思うのは、はたして鋭いですか? - 2026年5月11日
「空気」の研究山本七平読み終わった空気、水=通常性、自由 対象の臨在感的(呪物的?)把握によって、論理とは別の領域(動物的、無意識的)が拘束される。(それは日本が汎神論的、つまりモノに「感じやすい」、からなのか? 一神教世界にもそういう呪物はあるはずだけど、偶像崇拝の禁止の論理とかの延長で、それに罪悪感があるのか) 論破とかされても人間は変わらず、その別領域(日常に溶け込んだ虚構、物語)に駆動され続けるし、その領域を抜け出そうとしても、まさに空気のように目に見えず、意識できないから、結局は別種のフェティッシュを信仰せざるを得ない。 それに「水を差す」ことで、ある種、空気を笑えればいいのだけど、その笑い自体が、また別の体系を前提にしている(ボケとツッコミはある種の「常識」(これが情況倫理?)を前提している。その場の人間がその「常識」を共有した上でボケにツッコむからはじめて笑える)。その常識が、「一教師、オール3生徒」の構造になってるから(ならざるを得ないから、オール3を生徒につけるには超越者が要請されるから)、(というかそれが、倫理という固定的なものであるためには)超越論的な絶対者というフェティッシュを結局再生産してしまっている。 しかもその相互に「父と子の隠し合い」の倫理感覚が入り込み、芯をつくような、エグい「ツッコミ」をすれば、すべりちらかし、もう二度と舞台には上がれないどころか、うんぬんとなるので、結局は「空気を読んだツッコミで場を和ませる」くらいしかできなく、和ませているだけなので、何も、変化はしないし、むしろ、その連続によって空気は固定化、そして強化されていく。(いわゆる「くだり」のように) だから本当に水を差すなら笑いを取ろうとマンキンで舞台に立ってる(空気に反射的に水を刺そうとする)場合ではなく、地道に土を掘ったりしなくちゃ?透明な空気を掴もうとしなくちゃ?いけない。 共産党は、おもんない奴らのままなら生きていけないし、おもろい奴になれば、そのとき元の共産党は失われ(訂正され?)、メジャーに迎合して売れたけど、インディーズのあの感じがよかったんだよみたいになる 、、??? そういう空気の根本にあるのが、汎神論的なもの。 汎神論的神政性の体制。 動物的?=非合理=「聖書」=「科学」=民主主義=合理=人間的?の、分かたれない人格から、科学以降のところだけ取り出して日本に適応しても、日本的不合理な(パニックになったりしたときの)力の氾濫は抑えられないから、汎神論的な日本人の気質に合った憲法がないと結局大事なときに機能しないみたいなやつ、面白かった 一神論的体制から - 2026年5月8日
夜空に泳ぐチョコレートグラミー町田そのこ読み終わったすべてが解消されるわけじゃないし、回収されるわけでもない。唐突だったり、無理矢理だったり、もっと、もっと、って不完全燃焼な読後感になるものが多かった。でも、人生ってそういうものだし、こんな読後感も初めてだから、なんか変な感じだけど、そうだよね、人生の感じの味だ、この感覚は。 カメルーンの青い魚が、圧倒的によくて、好きで、この強度と、官能感と、人物に内臓ごとそわそわとさせられて、でも自分もそこにいたくて、最後の歯を舐めるところ、ほんとに、よい。よいよいよい 他四篇の光の綺麗さと、それを裏返した頼りなさは、はじめにカメルーンがあるからで、だから光は弱く見えるけど、本当には、光や救いなんてあるとしても、弱くしか、あれないはずで、劇的に書かれている方がすっきりはするんだけど、この絶妙な後味も忘れたくはない。なんでこんなにモヤモヤするんだろう。書いていてもモヤモヤ 不思議な感覚だ、他の作品も読むのかもしれないし、読まないのかもしれない - 2026年5月5日
灯台へヴァージニア・ウルフ,鴻巣友季子読み終わった一日目の終わり、晩餐会のシーンに震えた。なんか、めっちゃ失礼だけど、こういう自意識を、外国の、言語を共有していない、なんとなく大ざっぱでフランクそうな人たちも持ってるんだ、って、その上で社交的に振る舞ってるんだと思うと尊敬と哀しさと、、父殺しの感覚があまり自分にはわからなくて、夫人とリリーの互いへの思いも、やはり自分の中からは探せなくて、それでも、どこか退屈なページもあったけど、読んでよかったな、今泉さんが読んだらどう思うんだろう、街の上でが好きだから、この本も面白く読めた気がする あと、ふつうに、寄り添う人称?というか視点の人物に合わせて、語彙や比喩を使い分けて、その場面に合わせても使い分けてって、まあ、そりゃそうするんだろうけどさ、ここまで強度高くやられると、しかもそれがクルクルクルすいっちしてくとさ、やっぱ、圧倒されますよね、 刺激が欲しい元気なときには物足りないかもしれないけれど、逆に、どんなに疲れてても、死にたいくらいのときでも、この小説なら読めるし、読んだら、あったかくなれるかも - 2026年1月23日
こちらあみ子 (ちくま文庫)今村夏子読み終わったくやしいな、あみ子を「がんばって」好きになろうとしている自分がいる ピンとこなかったよ、あまり、こなかったんだよ 自分はあみ子ではない。でも、あみ子のような人を知っている。教室に、同じ教室にいたんだよ。こわかったよ、なんで考えないの?って思ってたよ、子供の遠慮の無さが一番こわかったんだよ、子供ながらに、だから年上の兄ちゃんたちと一緒にいるのが好きだった、会話を聞くだけでよかった、大人たちの居酒屋での話を盗み聞きするような、 うらやましい、なんて言ってやらない。本当にはそう思ってないはずだから。僕は、あみ子にドキドキさせられて、いずれ通学路で会っても話もしなくなって、大人になって、あみ子がいたことも忘れて、でも、たまに、この本を、読み返したいな、なんでだろう 何を書くかより何を書かないかなんて、ピンと来たことがなかったけど、なるほど、ぎゃふん - 2026年1月20日
黒い雨井伏鱒二読み終わった地名、固有名の異常な多さ=あくまでも生活者からの目線 声と戦争 逃げ惑う人々 大量死と大量生をつなぐ被爆者による鯉の養生 おそらく一度だけ、そして最後の最後に目にする清らかさ たったこれだけでこんなにも生きたいと思う その反転が希望へと間歇泉 白い虹が七彩になるアイロニーとしての、しかしそれしかない祈り - 2026年1月15日
平和と愚かさ東浩紀読み終わった抽象的な議論に頭を引き摺られていると時折、そして唐突に、平和への祈りのような言葉があらわれる。胸を衝かれる。 考えることで逆に無防備なった考えない領域が、敏感に、その祈りに触れる。その体験は痙攣に似ている。 文体が内容となり、それらが螺旋状に上昇し、最後には、何かのヒントのようなものが、目の前に転がっている気になった シーシュポスの神話の不条理な人間との対比で、平和なことは、同時に愚かでもありうるということとの緊張関係にどれほど自覚的であるべきなのか、考えたい、なぜなら、暇だから - 2025年12月30日
いま批評は存在できるのか三宅香帆,大澤聡,東浩紀,松田樹,森脇透青,植田将暉読み終わった三宅香帆の批評の開き方が不十分だという批判が森脇松田に共通していた。固有名を示し、歩けるようにするところまで開いてないと、その先を辿っていきづらいというのが、例の、読者を舐めてる発言へと繋がったのかしらん、三宅はYouTubeやデビュー作でそもそも語っておるが、やはり本の中で示されるべきなのか? 森脇氏は、一方で、批評活動の全体で示すものと述べてもいる 本を読もう!というのが結論として書かれても興醒め感はあり、とんでもなくおもろいものに出会って打ちのめされれば勝手に自分から読むようになると思うから、森脇氏の感じに近い。本を読もう!はパフォーマティブに示されるよね、というのが森脇の感じだけど、奇しくも三宅、松田両氏は一見新旧の対立軸として仕立てられてるものの、コンスタティブな示し方を志向しているように見える点で一致しているのでは 最近、三宅香帆のエビデンスに関する論争などがあり、森脇氏の件でのキャンセルがあり、東が三宅を批評家と認めていなそうな雰囲気が出たり、このイベントから一年、今改めて読み違和感が繋がったりもした うんぬん、このイベントに連なる若手批評家MEETS東浩紀などを入り口に、今年一気に批評に興味が湧き読み始めた。イベントは消えてしまったので、縁もありこの本を手にし、年末も年末に読み終えることとなった。ありがとうゲンロン
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