きなこ "私の女の実" 2026年8月5日

きなこ
きなこ
@kinako2025
2026年8月5日
私の女の実
私の女の実
ハン・ガン,
斎藤真理子
圧巻というべきか。ハン・ガンの初期の作品がずらりと並ぶ目次に、むしゃぶりつくようにページをめくる。 『私の女の実』は『ひきこもり図書館』で、『白い花』は『文芸ブルータス』に収録されていたのを読んでいたのだが、改めて単行本で読むと、また違った印象を受ける。 『赤ちゃん仏』、『赤い花の中で』が特に心に残った。 『赤ちゃん仏』に出てくる、主人公を“夢の中で脅かす「赤ちゃん仏」は、自らの偽善を知って嘲笑するもう一人の自分だろうか。”と訳者あとがきで斎藤真理子さんが解説しているが、私はそれと同時に主人公の夫も表しているのではないかと思った。自分の体の傷跡を理解して包み込んでくれるから聖母のような生き方を主人公に求め続けた夫の、赤ん坊の駄々にも似た感情。女を一人の人格を持った人間だということを忘れたかのように、妻である主人公に全て受け入れてもらおうとし、叶わないとわかると、別の女に聖母を期待する。 『赤い花の中で』も男兄弟の苛立ちが暴力となって唯一の女性である妹へ向かう。そして幼い弟の死から尼寺へと向かう主人公。 「九つの物語』が斎藤真理子さんも言っているように散文詩のような断章群で、それぞれの文章をかみしめながら読んだ。 解説を作家の桜庭一樹さんが書いているのだが、その中で韓国の作家 申栄福の言葉を紹介している。 「助けるというのは傘を差し掛けてあげることではなく、共に雨に打たれながら共に歩いてゆく共感と連帯の確認であると考えられます」 ハン・ガンの小説はまさにこういう行為なのだと。 このフレーズ、聞いたことがあると思ったのは、最近はまってみていた韓国ドラマ『素晴らしき新世界』で出てきたものだった。ヒロインの祖母が、ヒロインの恋人にいうセリフがこれ。 韓国は歴史的に武よりも文のほうが圧倒的に地位が上といわれる意味がよく分かる。文学が愛される国が羨ましい。 このハン・ガン・コレクションは未邦訳作品と新作を収録する予定だとか。楽しみが止まらない。
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