
ぽこぽ子
@pocopoco
2026年8月7日
舟を編む
三浦しをん
読み終わった
「辞書を作る人たちの話」という前情報のみで手に取った。評判がいいことも知っていて期待していたのだけれど、読んでよかった。
職業小説として、期待していた通りだった。辞書が出版社にとってどういう存在か。辞書が出版社にとってどんな存在なのか。どんな手順で作られ、編者は何に気を配り、紙質にまでどれほどのこだわりを持っているのか。完成までに必要な時間や苦労、辞書づくりに必要な才能とは。
身近な知らない世界を垣間見るのは楽しい。読んでいるだけで、辞書が欲しくなった。登場人物と一緒に紙質を確かめ、中身を眺めたくなった。
本書に出てきた以下の言葉が好き。
「たくさんの言葉を、可能なかぎり正確に集めることは、歪み少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少ければ少ないほど、そこに心を映して相手に差し出したとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる」
望まぬ形で辞書編集部に配属された新人が、前向きな気持ちになった時に感じたことだ。
語彙を増やすことを、筆者が「鏡」に例えたことに脱帽した。私はどことなく、言葉を武器のように考えていたかも。だから、「自分を映し出すための鏡かあ」と目から鱗だった。
また、以下の言葉も良かった。
「言葉はときとして無力だ。荒木さんや先生の奥さんがどんなに呼びかけても、先生の命をこの世につなぎとめることはできなかった。けれど、と馬締は思う。先生のすべてが失われたわけではない。言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心のなかに残った。(中略)死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために、ひとは言葉を生みだした。」
誰よりも辞書の完成を待ち侘びていた松本先生が亡くなった時、そうなる予感はあったけど、何故、筆者はその展開を選んだのかと、やりきれない気持ちになった。盛り上がりの都合? 人生はそううまくいくことばかりではないという示唆? 疑問を抱きつつ読み進めていたら、この文章が出てきて納得した。
馬締が言葉の本当の意義に気づくため必要な過程だったのだなあ、と感じた。
亡くなった人との思い出は少しずつ色褪せていくけど、遺された手紙や日記は、いつまでもそばにあり続けるものな。と、すごく納得した。


