
はる
@tsukiyo_0429
2026年7月28日

人間失格
太宰治
読み終わった
すごく久しぶりに読んだ。
前回読んでから十年以上は経っていると思う。
大学生のときに初めて読んで大号泣したあの日から、この小説は私にとって特別な存在になっている。
『人間失格』の感想を語るには、私の人生も語らなければならなくなる。
だから詳しい感想は書かないでおく。
それほどこの作品に漂う精神的傾向は、私自身とよく似ている。
自分に重なりすぎる。
過去の自分に思いを馳せながら読んだ。
◇
世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、
「世間というのは、君じゃないか。」
という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。
(それは世間が、ゆるさない。)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ。)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる。)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)
(P107)
◇
【解説 多和田葉子】
わたしはカフカの『変身』をドイツ語から日本語に翻訳したことがある。その際、太宰治の『人間失格』のことを時々思い出した。二つの作品はほとんど似ていないが、人間ではなくなってしまったり、人間であることに失格したりする点が共通している。
[略]
薬蔵は、人が怒る顔を異常に恐れ、大人に口答えせず、他人の感情は理解できず、自分の欲求は口にできない子供として描かれている。使用人たちによる子供への性的暴力も経験している。どれもきわめて現代的なテーマで、普段はあまり本など読まない人でもこの小説ならば自分や友達の話に引きつけて読むことができるのではないかと思う。
それと同時に『人間失格』は懐かしの近代・現代文学のメロディーに貫かれており、昭和生まれの本好きには何度読み返しても新しい発見がある。読んでいると三島由紀夫の『仮面の告白』、谷崎潤一郎の『幇間』、安部公房の『他人の顔』などをもう一度読み返してみたくなる。また今回はカフカとだけ比べ読みしてみたが、ドストエフスキーの『貧しい人々』の女性を傷つけながら堕落していく男の自己嫌悪と陶酔のモノローグと比べても面白いし、ルソーの『告白』と比べて同じ告白でもどうしてこう違ってくるのか考えてみるのも面白い。
(P175,180〜181)