
おいしいごはん
@hontonioishii
2026年8月8日

責任と物語
戸谷洋志
読み終わった
とりあえずは一読するという姿勢で通読した。
アレントの場所など少し怪しい部分ももちろんあるので、また読み返したいと思う。
私はここで論じられている「責任を引き受ける」ことを國分功一郎さんの責任論と引きつけて読みました。
(全てちゃんと読めているとは限らないため、私の理解を前提としますが)國分さんは帰責性(imputability)と責任(responsibility)を対比し、責任は責を帰す先を確定するのではなく、責任を引き受けることだとしています。さらにその際に、行為を神的因果性によってとらえて一度免責し、客観的に捉えることによって自分の行動の責任を引き受けられるようになるとしています(主に『利他とは何か』所収の「中動態から考える利他——責任と帰責性」を参照)。
戸谷さんは同様に自己責任論を批判するものの、神的因果性と逆の側、つまり意志の側に立っています。その上で、物語論的責任という概念を用いて、責任を引き受けることができるのは「私」が自分の人生の主人公であるときに限られるとしています。私は、その行為や経験を自分で意味づけられるような状態にあって初めて可能になるものだと理解しました。逆に言うと虐待やハラスメント、病などにより自分の人生の主人公を奪われた状態では、責任を引き受けることができないものとも。
落とし所を考えずに書いてしまいましたが、こうしてみると免責することは奪われていた主人公の座を取り戻し、その行為の意味を改めて自らの手で与えるという風に考えると接続出来るようにも思いました。この辺りは落ち着いてもう一度考えたいところ。

