
いちのべ
@ichinobe3
2026年8月8日
名探偵の有害性
桜庭一樹
読み終わった
物心ついてからずっとミステリを読み続けてきた自分は、この小説も「助手」の目線で「探偵」の姿を描いたものなのだと思い込んで読み進めていた……と、第六章あたりで気づいた。「助手」は「探偵」の活躍を記録して描写する視点であり、存在が透明化されがちだ。
でも、この小説は、かつて「助手」だった鳴宮が過去を振り返り、自分の道を歩き出すまでの物語でもあった。貴重な「おばさん」が主人公の小説であった。
> 「黙らない。誰も、黙らなくていいっ! わたしたち、誰も、黙ってろなんて言われても黙らないっ。あれよっ、ころんちゃんは、言いたいことぜんぶ、言って、いいのーっ……」(p385)
最後の章で鳴宮がこの言葉を吐き出せるようになったことが、無性に嬉しかった。たぶんこの先の鳴宮は、誰かにとっての「発光するおばさん」になるんじゃないかな、と感じられるラストも。
そして、見て見ぬふりをしたこと、配慮できなかったこと、時代の「空気」に流されたこと、正義や真実を追求する過程で誰かを踏みつけてしまったこと。かつての名探偵と助手がそれらに向き合う旅は、同じ「平成」に自分がやったことや言ったこと、楽しんでいたこと……己の有害性を想起させられる感覚にもなった。
> 「(前略)でも……二十六年後のぼく、すっかり歳を取った江藤光一が、いま思ってるのはね。あのころだって、ずっと、人間は、社会は、すべては、もっと複雑だったってことだよ。そのことに誰も気づいてなくて、みんなで狂想曲の中で楽しく踊ってたってことだよ。そんな遊びの時間はもう終わって、消費した人の責任だけ残ったのが、令和だって。ぼくは、わかりやすい娯楽物語とはちがった、複雑で暗くて面白みの少ない自分のほんとの人生のことも、いつか誰かに知ってほしいって、ずっと思ってた。だから鳴くんの今の話も、きっと……」(p237)
ミステリの中の名探偵たちに心ときめかせて育ったからこそ、この小説が沁みるという感覚もあり、これまでミステリを読んできてよかった!この小説に出会えてよかった!という気持ち。

