頑な鰯 "なぜ働いていると本が読めなく..." 2026年7月4日

なぜ働いていると本が読めなくなるのか
率直にすごい本。読み終わった今は、世界をみる目が少し変わったような感覚をもっている。労働のありかたという、今まで私が悶々と考え、強い違和感を抱き、どれだけ考えても理想に近づくことができなかったテーマにおいて、こんなに体系的に示してくれた本は他にない。 歴史を知ることがどれだけ大事なことなのかを痛感する。今自分が生きている世界は、これまでの人類の歩みに陸続きであり、なるべくしてこうなっている。分かりきったことのように思えるが、その道のりをわざわざ紐解いて熟考することはほとんどない。それを三宅香帆は、圧倒的な読書量を背景に、現代日本の働き方についてその歴史を徹底的に遡り、その変遷に向き合い考察した。この点だけを踏まえても、現代史を学ぶ教科書として優れている。 妥協なく歴史を紐解き、当時の日本人がどのような環境でどのような思いを胸に労働し、生活し、抗い、自己表現していたか。史実を踏まえて仮説を立てることで、現在の日本、今の私に繋がる糸が何本も見えてくる。そこから「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という問いに対する答えに帰結させていく。 結論に至るまでの光景は圧巻だった。例えるなら、伏線を次から次へと回収しながらクライマックスへと向かう小説を読んでいるかのような爽快感。中盤までは、多くの著書を引用しながら労働についての論説が展開される(あらゆるジャンルの本から引用している点も文芸評論家である三宅香帆のなせる業なのだろう)。ここまでは興味深く読んでいたものの、私自身初めて触れる内容も多く読むためのスタミナを要した。 歴史フェーズも後半に差し掛かった第九章、本書の残り四分の一あたりから、傍線をひいてページの端を折る手が止まらなくなった。 三宅が提言する『半身社会』。 「全身」全霊で働くことをやめ、仕事以外の文脈を取り入れるための余白をもたせる生き方。 長時間労働から電通事件を経てたどり着いた「働き方改革」がもたらしたもの。人々が新自由主義社会からくる能力主義を内面化し、誰から強制されるでもなく自ら燃え尽き症候群に斃れていく中で、社会は市民の力で変える対象だった政治の時代から、「神のみぞ知る」経済の時代へと移り、いつしかその波を読んで乗りこなせるか否かが成功の鍵となっていく。変えられないものを変えようとするのはナンセンスであるから、コントローラブルな自己へフォーカスすることによる自己啓発が流行り、自己の範疇を超えるものは「ノイズ」と見なされる。「読書」も「ノイズ」扱いとなり、そぎ落とされる対象となる。 しかし、自己へフォーカスし不要な「ノイズ」を削ぎ落とした先には、「疲弊社会」が待っている。内面化された能力主義と自己責任意識により、「もっとできるはず」と思って頑張りすぎたくなってしまう。その結果バーンアウト(=燃え尽き症候群)となり、うつ病を発症する人が増える。 どうすればいいのか?に対する明確な答えは無い。 でもまずは、全身全霊への称賛をやめようと思う。 資本主義の飽くなき欲求である、何かへ「全身でコミットせよ」という強迫観念を遠ざけ、半身で生きよう。 複雑で面倒な社会になろうとも、長い目で見て持続可能な社会を作るためには、「半身社会」への挑戦が必要だ。 まずは自分から、半身で働くことをめざす。
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