
うゆ
@otameshi_830
2026年8月10日
シュルレアリスム宣言・溶ける魚
ブルトン,A.(アンドレ),
巖谷國士
読み終わった
この本が凄いのはなによりもブルトンの切実な心の叫びが伝わってくるところじゃないだろうか。1924年当時の28歳は今よりずっと大人だったと思うが、それでもここには若者の反抗を、青春の熱さを感じてしまう。彼にとってこれはどうしても必要なことだったのだ。
なんなんだ、これは。なんなんだ、この世界は。なんなんだ、この現実は!こんなものがあるべき現実のはずがない!
第一次世界大戦の惨状を目の当たりにしてブルトンが抱いた憤りと絶望。徹底的な現実の拒絶。…そこから
あるべき世界はこういうもののはすだ!
と思索し実験し高らかに宣言する。
それが同時代、そして現代に至るまで人の心に共鳴するからこその名著なのだろう。
私もとても興味深く読みました。
(そこには多分にフロイトの無意識の発見からの影響があったのは明白なのでやはりフロイドもちゃんとおさえておきたいところだ…ムムム)
(若者にこの力があるうちは世界に希望があるきがするが、現代はどうだろうか。少なくとも日本にその覇気は感じられない…何処かにはあるのか??)
実践となるとなかなか難しく、それで世の中を直接的に変えることはできるのかな?と思ってしまうが、人の心になにかしら影響を及ぼす、波紋を広げるというのはだいじなことだ。
シュルレアリスムそのものと言ってよい(らしい)自動筆記によって書かれた「溶ける魚」は読み進めるのに時間がかかってしまった。それはつまらないからではなくて(そう、不思議とつまらなくないし、読んでいて苦痛ではない)、字面が表面的に滑り始めると勿体ないなと感じて、そうなったら読むのを止めていたからです。これもまた原語で読めなければほんとうには受け取れない作品ではあるけれど…。読んでいてシュルレアリスム絵画や映像作品のようなものが頭に浮かんでくるけれど、それは実は逆で、ブルトンの文学的挑戦を画家たちが絵画でやってみようとしたらああなった、のですよね。でもシュルレアリスムと絵画との相性は多分良い。文章は文章である時点でそこに秩序がうまれる、あるいは求められるのに対し、絵画は一つの画面で言葉なしに様々なイメージを、不可思議を表出出来る。受け取る側も絵画ならわりとすんなりと受け入れられる。
ブルトンがシュルレアリスムに見出した不可視の光は私たちをも照らし貫くだろうか。また私たち自身がその光を見出だせるだろうか。
また折に触れて読み返したい本です。
取り敢えず100分de名著観るぞ〜



