
いちのべ
@ichinobe3
2026年8月11日
紙の梟 ハーシュソサエティ
貫井徳郎
読み終わった
「人ひとりを殺したら死刑になる」という思考実験めいた状況の日本における殺人事件を描いた中短編集。
どの作品も、この状況下だからこそ発生する動機や葛藤が描かれていて興味深かった。特に『レミングの群れ』が厭だし起こり得そうだしで終始、心がざわついた。
いじめを苦に自殺した生徒、そのいじめっ子をインターネットで追跡・晒すだけでなく、「敵を撃つ」=殺す男が現れる。彼は自殺した生徒ともいじめっ子とも利害関係のない、自殺志願者で、死ぬ前にせめて社会の役に立ちたいと、いじめっ子を殺して死刑になることで自殺を成立させようとしたのだ……そして類似犯が次々と現れる。しかも犯人はインターネット上で称賛される。
> これで世間の論調は変わるかと思いきや、驚いたことにあまり変化はなかった。当然のこと、と考える人は予想外に多かったのである。いじめっ子は三人とも死刑になるべきだが、現刑法下でそれが無理なら、誰かが命を賭して社会正義を実現するしかない。己の命を犠牲にしてまで正義の鉄槌を下した犯人は、神風特攻隊員にも匹敵する愛国者だ。そんな極論まで飛び出した。(p140)
> 建前は、説得力を失っていた。義父の言う“素朴な感情”を、人々が剥き出しにし始めたかのようだった。もともとネットには、思いつきをそのまま書き込む人が多かった。かつては匿名だからこそ極論や暴論を吐けるのかと思われていたが、今では実名でも抑制の利かないことを書く人が増えた。おそらくそれは、素朴な感情でものを言う人が多数派になったからだろう。暴論が少数のうちは、良識派から非難を浴びる。だが数のバランスが崩れれば、多数派が正義だ。自分の身内がいじめのせいで自殺したら、という仮定の前には、どんな正論も無力だった。(p140)
これらの社会の流れの有り得そうなところがグロテスクで読んでてゾワゾワしたし、また別の仕掛けもあって最後まで楽しかった。
「人ひとりを殺したら死刑」なので、全ての指を削ぎ、目を潰し、舌を切り落とし重傷を負わせる『見ざる、書かざる、言わざる』、動機に驚きが込められた『籠の中の鳥たち』、復讐がもたらす悲劇を描いた『猫は忘れない』、恋人を殺された男が彼女の足跡を辿る『紙の梟』、ひとつひとつ趣向が違って読みごたえがあった。

