ゆう "物語化批判の哲学 〈わたしの..." 2026年8月11日

ゆう
ゆう
@suisuiu
2026年8月11日
物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために
長野行きの新幹線は満席。東京駅で買ったクロワッサンが必要以上にぼろぼろする。ぼろぼろはクロワッサンの醍醐味だしそれ込みで素晴らしいのですが、過剰ぼろぼろは情緒がなくなり必死さしか残らない、ということを知った。 以下メモ🦑 ・「人生を解釈しすぎるから心身に不調が訪れるのではないか」 ・人間は、理解したいしされたいし、同じ気持ちになりたいしなってほしいし、自分を知りたい。 ・けどそれは、行きすぎると、誤解や欺瞞、矮小化、硬直化を引き起こすのでは? ・歴史的語りは常に複数の目に開かれているけど、自分語りは自己完結。真偽の検証も振り返りもその人次第に。 ・「私は自分の人生の作者ではない。私はその共同制作者にすぎない」! ・物語的な語りは、なんらかのゴールや計画に向かっている。自分の過去にそうした目的を無理にはめこむことで、必然性や運命性を人生に付与しようとしちゃう(!) ・物語にしない勇気、覚悟。 ・人は感情的になりたい。悲しくても、深い意味でそれは喜びの源泉、祝祭だったりもする。
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