
トラ
@Toreads1234
2026年8月12日
BUTTER
柚木麻子
差別への抗議として、出版社を移した本作。旧版の新潮社文庫の方を読んだ。内容が変わっているのかは分からないけど。
軽くは無いが、文章が上手くて読みやすい。純粋なエンタメとしても、自分の何かを見つめ直す作品としても。はじめは「こんなもんか」って思ったけど、ページを追うごとに止まらなくなり、調べ物をし、ページを戻り。傑作。
「欲望」「社会性」「支配」を感じた。
様々な欲望(恐怖)で駆動される人達の物語で、特徴的なのは600ページ弱の中で体感としては100ページ分くらいは食べ物とその味わいに費やされていたこと。ブフ・ブルギニョンのように手がかかる料理、バター醤油ご飯のように手がかかっていない料理、両方食べたくなる本。ただ、メインは犯罪やジェンダー、生き方の話だと思う。個人の経験によるけど、自分にはミステリでもあり、ホラーでもあった。
「女性性」みたいなものへの解像度でこの話の読み取りは変わってくると思う。自分はそれが低いので、エンパシーを働かせながら読んだ。無知と無自覚を開陳するようで恥ずかしいが、これを多くの読者がシンパシーをもって読んでいたのであれば、とてもつらい現実と社会の構造を、上手く表した本なのだと思う。
ずっとバターが出てくる。実物として、構造として。なんとなく、このぬめっとした読み味も重なる。読みやすい文章だけど、読み進めるのがしんどい場面が多々ある。主人公・里佳の心情から出来事へとシームレスに繋がって混乱したり、ドラッグの描写を疑うような、ちょっと飛んだ表現があったりと仕掛けがたくさんある、表現力がみなぎる文章。
「嘘ではない笑みがこぼれ、里佳は身体の芯がほぐれるのを感じた。罪悪感からくる強い苦味さえ、アクセントになって、口触りが良く思えるほどに。」(p.472)
味わいを心情に反映させるような表現は多かった。
「ううん。今日は久しぶりに楽しかった。あなたの周りは変で面白い人ばっかりね」(p.581)
救いの一言。積み重ね、シチュエーション、タイミング全てが合致して最高の褒め言葉。
「梶井真奈子」という名前が、ずっと異物感がありひっかかり続けた。目の周りの描写も多く、どうしても「眼(まなこ)」を連想するし、他者からの視線も重要な要素だし、自分にとって珍しい名前だったから。
終盤、梶井の反撃があるが、これがそれほどまでに意味を持ってしまうということがリアルなのであれば、自分を含めた人々の真実への興味とその曖昧さが強烈で、あまり認めたくはなかった。新しくショッキングな情報に群がり、真実かどうかは問題ではなくエンターテインしてくれる物語をどんどん乗り継いでいく様は、老若男女いわゆるドパガキであることの証左だろう。
常に梶井を意識させられて、安心できる場面はとても少ないが話として抜群に面白かった。普通の書き手であれば3回くらい終われる箇所があった気がする。それなりに満足できるような。でもそこからの展開が素晴らしくて、波がどんどん大きくなっていった。