
本屋lighthouse
@books-lighthouse
2026年8月12日
知覚の宙吊り(986)
ジョナサン・クレーリー,
大木美智子,
岡田温司,
橋本梓,
石谷治寛
読んでる
わからん祭
わからんの濁流のなかにかすかに見つかるわかるを求めて三千里。
自動運動の芸術が、ファシズム、機械化された戦争、あらゆるたぐいの国家的プロパガンダと時期を同じくしているのは、このレヴェルにおいてだったのである。(p.413)
完全に断片化させた読みで本筋とは異なる「わかる」なのだけど、自動運動の芸術=映画などが20世紀前半にもたらした影響は、21世紀前半の現在においてはSNSがもたらしているように思える。「おすすめ」が無限に流れてくるタイムラインから視線を切り離したりスクロールする指をとめたりすることは、すでに「受動的オートマティスムのモデル」(p.412)の主体にさせられた私たちには難しく、世界情勢もまた100年前と類似したものになっている。わかりたくないわかるだったな......。



