
みみみ
@kmkdnrd
2026年8月13日
塞王の楯 上
今村翔吾
読み終わった
2026夏の石田三成フェアの余波。
2度目だけどやっぱり面白いな〜!
上
前回読んだときはちゃんと感想を残さなかったけど、多分思ったことは同じだと思うな。
矛と楯がテーマ。どっちが言うこともわかる!
てのと、
守るために武力を持つことの是非、というのもテーマのひとつかなと思うなどした。
彦九郎は匡介に「だというのにお前らが強い楯を作るから戦が終わらない」ということを言うのだよね。
源斎も匡介もそれはそうかも、壊れない石垣を作ることで強い鉄砲が生まれてだからこそ戦が長引きたくさんの犠牲者が出たのかも、と悩むんだけど、そうか???
それは武器を作る側の傲慢さからくる主張では?攻められれば守るのは当然では?でも抑止のための武力、も、わかる。源斎の言う通り「人は愚か」が全てだろ、とわたしは単純だから思ってしまうんだよな。
わたしがウオオオとなったのは、相変わらず「繋がっていく」という話についてであった。
飛田屋にしろ国友衆にしろ、思いは繋がっていく。
彦九郎も「俺の技術が礎になってもかまわん」といっていた。
なかでもわたしは「互いに支え合って一つのものを造るということ、目立った功績の裏には目立たずとも礎となる者がいること、ふと石垣と人は似ているのかもしれないと思った」でいっっっっちばんクウ〜〜〜!!!!!となったよね!
歴史の教科書に載らない人たちのこと、彼らが必死に生きたから今につながっているのだということ、まさにじゃん!という興奮。
何を読んでも同じようなことを考えている。
でも本当にそうなんだよねー自分ひとりでいろんなことができるようになった気がしてるけど、いまのわたしがアレコレできるようになったという現在地点に至るまでに、たくさんの直接的な力添えと学びや気づきを与えてくれる他者がいたのだよなあ。
で、その他者にもおなじようにサポートしてくれる他者がいて……と繋がってきているのだ。
歴史とは尊い!!!!人の営みのつながり!!!!!
もう一個響いたのは、積方と荷方の話で出てきた、知らないと傲慢になる、という内容だ。
みんなそれぞれの仕事を必死にやってても相手の仕事っぷりをしらないと「もっとちゃんとやれよ」とか「おせーよ」とか思ってしまう、てやつ。
あーーーー耳が痛い!でも思っちゃいがちですねわたしはね!!
それを素直に認めて自分を変えられる匡介は立派だ。
わたしも視野を広く持って自分の価値観だけで物事をはからず寛容でありたいなあ。難しいなあ。
あと、玲次がいちいちかっこよかったです。
匡介と仲良くなってからはかわいかったしね。
