

みみみ
@kmkdnrd
本から何かを得たい!というよりわーっと読んであー面白かった!と思うために読んでいる
- 2026年9月28日
光の帝国 常野物語恩田陸読み終わったどんな古典も「しまう」ことができる子が出てくるなんて面白そう!!!と思って読むことにした。 音楽のシーンが好きだなと思ったら、そうか恩田陸か、蜜蜂と遠雷かあ、とか考えてたら最後までいったんだけど、ううーーーーーん謎は謎のままであった。 常野のひとたちはいったいなぜ集まるのか、亜希子がするすごいことってなんなのか、拝田家はどうなったのか、たかはあつみはどう繋がるのか???知らないだけで続きがあるぽいな???調べねば。 途中までめちゃくちゃ面白かったんだけどな。 これ話が完結しないのでは????と思いつつも一気に読み終えられた。だからおもしろかった、けど、謎が残ったままなのでうううううむ、な気持ち。 ファンタジーというのか、なんなのか、でもこういう日本を舞台にした不思議でちょっと不穏な話は好きだったなー。 そしてまた家族を思ってなんだか鬱々とし始めそうになっているのであった。なんでわたしはこうなんだろうなあ、とか。やめやめ。 - 2026年9月23日
近江が生んだ知将石田三成太田浩司読み終わった『三成からの手紙』ほどかわいー!!!!とはならないけど、三成がいかに優れた政治家であったのか!という話を知ることができる本。 豊臣政権を土台として江戸幕府は様々なシステムを作っていった、という話、当たり前に思ってたけど、そりゃ豊臣政権が土台だということはつまり三成が基礎を築いたともいえるよなあ!!!!!!と興奮はした。 「治部少もちと腹立候」て書かれてるの可愛いなー人間だね!!! 佐和山城とか関ヶ原とかのはなしより、生まれの場所を探っていくあたりが面白かったな。 ちびこい佐吉はどんなふうに生活して何を見て何を思っていたんだろうなあ。兄上と父上の話がたくさんあったのも良かった。 領民や大名に気を配り、友達に手紙を送り、ていう人が、負けたら自分に類する人にも害が及ぶとわかった上で(勝つつもりではあったろうけど)おこした徳川との大戦、どんな気持ちだったかな。 負けたときも逃げるときも匿われるときも。見つかってからはまあもう腹決まってただろうけど。 合戦後に佐和山城は攻められて、三成の斬首より前に父上と兄上は亡くなっているんだよなあ。 戦で死ぬかもしれないという覚悟を、三成も三成と戦うことを決めた人たちも持ってただろうし、そこはまあ武士という立場上そういうものかもれないんだけど、でも佐和山にのこした父や兄や妻も危険に晒すんだよね。これも武家の一門である以上しかたないとおもうことだったのかもしれないけど、今より命は軽かったのかもしれないけど、それぞれが感じる他者の重みは変わらなかったはずで、三成は家族を思ってどう感じたんだろうなあ、とか、考え始めるともうたまんなくなっちゃうよな。 - 2026年9月21日
石田三成からの手紙中井俊一郎読み終わった残暑というか台風真っ只中のシルバーウィーク中も、2026夏の石田三成フェア中なので読んでしまったよね。 というのも、先日行った関ヶ原での今村翔吾講演会で今村先生が「三成の手紙、興味ある人読んでね」と仰っていたので読みたくなったのだ。 そういやわたし、10年くらい前に買ったな、と思い出して読み直したのであった。 まーーーーったく内容覚えてなかったので新鮮に一気読みしたけども、やはり三成のこと好きだなあーー! 以前読んだ今村先生の本の「理の人でありながら情義の人物」っていうような話につながるんだよね〜!!! 信之との手紙はかわいいよ、という話を講演でされていたんだけど、たしかになーー疲れたよ話したいよというのめちゃくちゃ人間だね!! かわいーーーーよほんと!!!!!! あとは鷹狩りの手紙もキャワワのワだった!!!!!興奮!!!! 20だか年下の信長の孫宛だったんじゃないかと著者はいってて、あーーーかわいいな三成! 直接鷹が獲物捕らえるとこ見せられなくて残念だったけど、今日は雁をとったからおくるね、こないだあなたがつかった鷹もめちゃくちゃ良いから今度は鶴もとるよ、満足したら返してね(貸したのに返せって貸した側が言うのもなんですけども) みたいな!!!手紙なんだけど!!!!キャワ!!! 家臣を大切にするからきちんと自分の考えを理解してもらえるように書状を残し、友達には本音をもらし、はまってる鷹狩りのはなしをし、領民が困らないように細かいルール決めて公平になるようにして、おかしいと思ったら上司にも意見を言い、最高すぎるのでは!!?!?!? 徳川が作った世に敵である三成の清々しい逸話が多いのも一定数のひとに愛されていたからでは?というはなしもめちゃくちゃよかったです。 厳しい点ももちろんあったけども、基本的には優しい人なのだよねーーー あーーーー三成かっこいいな、いろんな瞬間をどんな思いで生きたんだろうな。三成に限った話じゃないけどさ。 そして、破棄された三成の書状が多い中、信之はそれを残していた、という話も、考えるとまたたまらん。残っている書状のうち、徳川関連以外のものじゃ一番三成からの書状が残っていたんだって。 世が世だからああいうふうに彼らの道はわかれてしまったけど、今の世にいたらふつーになかよしでふつーに大親友だったかもしれないね。 - 2026年9月21日
火喰鳥 羽州ぼろ鳶組今村翔吾読み終わったシリーズものだから、時代小説より歴史小説の方が好きだから、と、なんとなく手が伸びなかった(買ってはあった)んだけど、湖上の空も読んだし、今が機なのでは!?と思って読んだ。 やー、おもしろいね。 先が気になってサクサクサクーと読めて、あっという間に終わってしまった。 「今村作品といえば熱いエンタメ小説!」というようなことを何度か目にしたことがあって、著者本人もそんなことを仰ってた印象があったんだけど、それあんまりしっくりこないなーと思ってたんだよね。 歴史小説を主に読んでたからだったんだな。 歴史小説のほうももちろん熱いおもいをもった人たちがそれぞれの信念のもと生きていて、ウオオオオオ!!!!て一気読みできる面白さで、わたしはそれが好きなんだけど、「熱いエンタメ」ってのとは違うなーと思ってたんよね。 でもぼろ鳶組は、まさに!!!てかんじだった。 これは推しキャラでたら楽しいだろうなー。 新之助と鬼平が人気なんじゃないかと思うんだけどどうだろう! グッズが出るのもわかる気がする。 漫画化、アニメ化もめちゃくちゃ納得する。 それぞれが抱えるいろんな問題を乗り越えて成長するんだけど、信じてくれる仲間や家族がいる、またはそういう人がかつていた、というのがあって、人の繋がり!!!!!というみんな好きなやつ。 で、命をかけてやり遂げる!ていうこれまたみんな好きなやつ。 悪い奴にも同情する事情があって、あーまあまならない!みたいなさ、わかりやすいところもいいんだろな。 イクサガミやくらやましやシリーズみたいに特殊能力(というのか?)があると、おもしろくてもなんとなくはまりきれない傾向にあるんだけど、このシリーズはめちゃくちゃ耳が良いとか怪力とか身軽とかだったから、江戸時代!という世界観にも入りやすかったのかもしれないな。 能力者バトルものもすき!てきな話がエッセイにも出てきてたからそれ系が多いんだろな時代小説は。 能力者バトル、嫌いじゃないはずなんだけどなんで本で読むとはまれないんだろうー。入り込めないんだよなー世界観に。想像力がないからか? 次も買ってあるけどいったんおやすみ。 別の本を読む。 - 2026年9月17日
湖上の空今村翔吾読み終わったタイトルと表紙が好き。 エッセイは読みやすくて好きだったけど、大人になるにつれてダメージを負うことがわりとある印象だった。が、この本はスラスラ読めたしダメージも少ない。 歴史の話が多かったからか、フムフムというところもあり面白かったな。刀伊の入寇とか。 どうするとああなれるのか、エッセイを読んでもわからないけど、毎回今村翔吾というひとの本を読んだり話を聞いたりすると、頭が良い〜!!!!!で終わってしまうのであった。わたしは凡庸なので。 ああして好きなものに没頭できるのも、本にもその業界にも出会った人々にも何かを返したいという思いからいろんなアクションを起こせるのもさらに様々な結果を出すのも、大変なことだよなあ。できない人の方が多いんじゃないのか。 とにかく本を書きまくっているのも動きまくってるのもすげえな!!!尋常じゃないな!! なんだけど、それはそうなんだけど、体は大事にしてください。ずっと作品を読んでいたいので。そんなに睡眠時間短くて平気ですか、と勝手に心配している。 そして伊豆文学賞のながれで静岡県のこともっと話してほしいなと思ってしまう、静岡県民だから。 今村作品はめちゃくちゃ好きなんだけど、一人の人物の人生を追いかけていく系(じんかんとか童の神とか)と時代小説は面白いけどあんまり合わないなと思うことが多くて、くらましやシリーズは一作目だけイクサガミもはまれず、人よ花よは唯一途中で辞めてしまったんだけど、何度も話が出てくる火喰鳥を次に読もうと思う。人よ花よもいつかちゃんと読む。童の神も3部作だとこの本で知ったので、続きが出たらちゃんと読み返そう。 違うタイミングで読んだら楽しめるかもしれないな、人生追いかけていく系も時代小説も。 本は読むタイミングも大切だものな。 - 2026年9月16日
教養としての歴史小説今村翔吾読み終わった教養とは心の豊かさ! そうだねえーーーー!知っていると楽しい、知っていると自分に刺さっているアンテナが増える、ということは、心の豊かさだね。 読んでいて何度「頭が良い!!!」と思ったことか。頭が良い人は頭が良いな、羨ましい。 歴史知ってるとどこに行っても楽しいよ色んなことに繋がるよ、という話に共感しかなかったな。寺社仏閣城跡古戦場墓や屋敷跡を目指さなかったら何を目指して旅行するんだ?と思うところがあるの、これって歴史が好きだから目的地に据えていたのか?と今更思うなどしたけど、そうなのか?みんなは何を目的に旅行先を選んでいるんだろう。 いつも仕事のどはじめに話すんだよね、「歴史を学ぶと人生が豊かになる」「知ることで合わせられるチャンネルが増える」ということをさ。 それこそまさに教養というやつだ!とピカーン!となってしまった。 歴史から教訓も学びもわたしはあまりしてないと思う。歴史から学ぼう教訓を見出そう名言もあるよ心に掲げようみたいなこと、言わんでもないけどわたしは実践できてなくて、単純にウオーー!て興奮するために、または日本全国でウオーここが!!!てなるために、ここは彼が歩いたかもここから同じ景色を見たかも!と思うために、歴史を知りたいと思ってるんだけど、スタート地点てそんなものなんだよな。そこからもっといろいろと考えられたらわたしも違っていたのかもしんないな。でもそしたら、歴史は重たすぎてこんなに好きになれてなかったかも。 滅びの美学がすき、というところもまさにそうで、本当に負ける側の人が好きなんだよなあ。 「信念のために無謀な道を歩んでしまう人」に惹かれる、とあって、それはそうなんだけど本人はある時までは本気で勝つつもりなのが良いんだよね、負けだとわかったら信念や信頼や守りたいもののために清々しく負けていくところもいい。よね。 たくさんの本が紹介されていたので読みたいな、とはおもうけどその根性はあるだろうか。 まずは、古地図のアプリ、いれて歩いてみたいなー - 2026年9月8日
茜唄(下)今村翔吾読み終わった面白かったーー!!!!! 仕事が忙しくなって途中止まっちゃったけど、ほんとに最高に面白いよ。みんな読んだ方がいい。 わたしの好きな「お前の力だけで世を作ったと思うなよな勝者は!」いう話、とまとめてしまうとあれだけれど、そういうあれです!!! 勝者、敗者、それぞれの立場でそれぞれの人が必死に生きたからこそ今の世があるのであって、それが1000年後のひとの心も動かすのだよ。あなたは天下をとったかもしれないけれど自分の力だけのものではなく、みんなの行動の結果のひとつでしかないよ。というところ、たまんないよなあ〜!まさにそのとおりです新中納言様!家康は頼朝が好きだけど平家が好きな人もたくさんいますよ!!! 頼朝が武家政権を作り後の世にも大きな影響を与えたのは揺らがないけども、同じように頼朝は平家の作った基盤の上に歴史を作ったし、大河ドラマで言っていたように、平清盛なくして源義朝はなく、源義朝なくして平清盛もなく、平家なくして武家政権はなかったのだよなあ。そして平家もその前の時代の人々のあれやこれやがなければきっと存在しなかったんだろうな。初の武家政権をたてたのはたしかに平家だけど、そこに至るまでのみんなの悔しいとか悲しいとかそういう思いの上に「初の武家政権」というものもできたんだよねえ。うおお歴史ってすごい。興奮する。 知盛は希子を生かすために平家物語を託したけど、それを知った知忠も共に戦いたいと思って噂を流したけど、父も母もきっと知忠には生きていてほしかったと思うよ。ただただ元気でいてくれたらそれでいいと思ってたと思うよ。でも知忠としては頼朝を暗殺する覚悟は既にできていたし、兄も父も平家も仲間も討たれて最後にできる助太刀の道が見つかったのであればそれを成し遂げたかったんだろうな。難しいね。覚悟とは。守りたいものとは。といういつも悶々とするところに戻ってくる。そして、武士とは、にも繋がるのであった。誇りだ何だと理由をつけてはいるが結局は、という話が上では出てきていたけれど、誇りとかそんなものは無視して卑怯だと言われようと戦をなくすため大きな戦をする知盛もいるわけで、武士とは〜〜〜!?!?覚悟とは!?守りたいものがあると本当に人はそこまでのことができるのか。義経を生かすため、それこそ教経の言っていたように「あんなに倒したいと思っていた男を」救うために平家一門が滅びることをわかっていて戦いに行けるものなのか。できるんだろうなあ、だからこそ穏やかに知盛と教経は「平家はどうなる」「負けだ。滅びる」という話をするのか。んんんんんんん!!!能登殿の最期も敦盛の最期も古典じゃおなじみのテーマだけど、もう一回真面目に授業受けたいね! 知章の死がやっぱり内容としては一番しんどくて、いや、知忠も辛かったけど、ずっと知盛側で見てたからやっぱり知章がきつかったんだよな。自分の目の前で自分を守るために、てのもそうだけど、知章の遺体は平家に戻らないんだよな。知章だけじゃないけどもそれは。知章や菊王丸やたくさんの人の悲しみの上にそれぞれの「成長」みたいなものがのっていて、人というのは生きているだけで業の深い存在であり同時にかけがえのない尊い存在なのだ……というようなことをかんがえてしまう。重衡もつらけれら生き残った人も本当に辛い。源氏の行く末も明るくないのがまたしんどい。 あとはねあれだね、義経のキャラクターが大変に義経でいいよね。兄上を信じているから兄上が自分を殺すなんて1ミリも思ってないけど同時に「人はみな死ぬものでしょう」と一ノ谷の合戦のことを話し、ただただ知盛への賞賛にしかつなげない、というところ。それでも壇ノ浦の戦いのなかで思うところはあっただろうなあ。義経な〜!義経がああじゃなかったら、頼朝にもう少し人の心があったら、それこそ景時が石橋山で見逃してなかったら、平家の歯車がほんの少し違ってたら、結果は全く違った方に行っていたんだろうな。歴史なんてのはどの時代のどの瞬間もみんなそうなんだろうな。ゾクゾクしちゃうな、奇跡じゃない!!?!?すべてが!!!! 知盛や希子や西仏や知忠が伝えた平家物語の数行をわたしたちもそらんじられるのもまじで奇跡だよなーーーーーーーほんとうに1000ねん先にも繋がっている!!!同時に一瞬でその全てが失われることもあるんだよね、大事にしたいよな、いろんな瞬間や人との繋がりやおもいというものを。難しいしわたしあんまり得意じゃないけど、この瞬間だけは心底そう思うのは、確かに1000年前の彼らと繋がっているとも言えるのではないのか。くーーーやべえなあ!長い歴史を大切に繋いできた国に生まれたことを誇りに思うよ!!!わたしは! 知盛が頭が良くて優しくて本当に本当にかっこよかったです。前読んだときも思ったけど「見る程のことは見つ」ってそういうトーンでそういうふうにいう!!?!?てめちゃくちゃ痺れた。八艘とびのしーんもそうつかう!?!?て痺れたけど! あーーーー壇ノ浦、また行きたくなっちゃうな〜!また源平合戦古戦場巡りもしたくなっちゃうな〜!!!! - 2026年8月29日
茜唄(上)今村翔吾読み終わった2回目の茜唄。 内容が朧気になっているとはいえ、そもそも平家物語だからなにがどうなっていくのかわかっているわけで、そういう物語を読み進めるのは切ないね。 清盛が好きなんだけど、茜唄の清盛も優しくて頭が良くて厳しくて強くて愛が深くて最高〜! そして知盛は当然かっこいい。 知盛といえば「見るべきものは!」と言って碇を担いで海に入る、という印象があるけれど、茜唄の知盛は穏やかで静かで頭が良くて強くて覚悟が決まっててたまらないよね。 「覚悟が決まってる」のは知盛だけではないか。 出てくる登場人物の多くが決めている。 戦にでるひとだけじゃなく、家を守る人も、思いを繋ぎ残そうとする人もね。 クウーーーー! 戦をなくすためには、という大きな目的のために、平家・源氏・奥州藤原氏でさんすくみの状態を作るために奔走する、という話を、途方もないな!と何にも知らないわたしですら思うぜ父上! 途方もないことをわかっていたからこそ清盛も誰にも言わずに1人で動いていたんだろうし、知盛もそれを誰かには相談できないんだけど、知盛に背負わせることになった清盛の思いを想像すると辛いなあ。 頭が尋常じゃなく良いというのも生きづらいのだろうな。 誰かに任せるより1人でやったほうが早いし確実、という清盛の気持ちはわかる、それが過ちだったと思って知盛に託す気持ちもわかる、それを聞いていてもやっぱり抱えてしまいそうな知盛の気持ちもわかる。 父上ほどの器ではない、でも父上ですら一人でなそうとしたことをいかにして自分が他者を巻き込んで実行するのか?と思うと、ひとりで抱え込まないことの難しさを思ってしまうなあ。 それから印象に残ったのは、『ひとまとめにしてしまいがちだが、人には思惑もそれぞれの思いもある』というあたり。 世代がひとつ違うだけでも同じものでも見え方も変わるんだよな。とくに平家は、保元の乱と平治の乱を知る世代と、ある程度立場が出来上がってからの世代では大きく違うだろうなあ。 現代でも同じように「相手の立場で」は大事だけど、難しいよなあ!どうしたって自分が正義だと思ってしまいがち。 だから経盛がきちんとごめんねしたところ、素直にすげーな!!だった。なかなかできることじゃない。 知度の考え方もウウウウウ!だった。 「若いほうが伸びる余地や学ぶ余白がある。年取ってるだけで偉ぶる年長者になんの価値があるんじゃい」的なところ。 そうだねー!!!!!きちんとした中年になりたい。切実に。なれそうにない。 権威や伝統に逆らうことができない、というところも、今もそうだしほんとまさに! 年寄りほどそうなりがちだよなーーー自分でもわかるものなーー はー面白かった! 後白河院と知盛がやり合うところがいいよね、やっぱりね。 水島の合戦の中で「人の美しさとは別のところにあるのでは」という知盛も良かったけどね。 人は愚かで醜く争いは絶えないからこそ、作法や美徳をつくる、のところ、ウオオだったなーーーー!これこそが武士の誇りというものに繋がっていく「武士道」なるもののスタートなのか で、知盛は戦の無益さや醜さを愚かさを隠さず知らしめて、戦をしずめる戦をする覚悟をしているのだーーーーーギャーーー熱い! 知盛がその決断をできたのは、父上の姿、優しい兄上、かわいい教経、理解してくれる愛すべき家族、などなどの存在があったからでもあって、人は人の中で力を得ることも愚かになることもあるのだなあと思うなどした。 「知らないと傲慢になる」 「年齢とともに固くなるかもしれない」 「一人で抱え込む」 「自分が正しいと思ってしまう」 ぜんぶそのまんまわたし、傲慢で頑固で抱え込んで正義だとおもってる!やだなあ ほんとわたしの矮小さをかんじるう 辛い下巻も楽しみです。 - 2026年8月24日
幸村を討て今村翔吾読み終わった面白かったー! 1度目読んだ記憶が全然なかったから余計にめちゃくちゃおもしろかったー! 2026夏の石田三成フェアの余波であり、 その余波からきた真田丸再視聴の余波でもある。 真田丸で演じているあれやこれやの人々の声で再生しながらセリフを読む(けど死ぬほど時間かかるからすぐやめた)のおもしろかったな! 毛利勝永と伊達政宗がやっぱりかっこよかった。 この2人の章あたりから面白いものがもっとぐんぐんおもしろくなる気持ちがした。 源次郎と手を組むことにした勝永と政宗、自分の夢を大切にするのと同じように、「同じくらいに」じゃなく「同じように」、手を組むことにした友の夢や友の大事なものを大切にする姿勢が非常ーーーーーに熱かった!たまらんね!!! 「人の欲がガンガンに発散されるのが乱世なら、泰平なんてのはその欲に薄皮一枚覆いかぶせただけのもの!薄皮の下に変わらず人の欲はうごめいているのだ」の文章、クウ〜〜〜!!だったなあ! ほんとそうだね!みんなおとなしくしてなきゃいけないってわかってるから堂々といろんなこと言わないしやらないだけで、結局今も昔も変わらないんだよね〜!という例によってわたしの好きなやつがでてきた興奮! で、ありながら、源次郎が「大助が死ぬのは仕方ない」と割り切ったり、後藤又兵衛が名を残すことに必死になるあたり、あーーー時代が違うんだな、同じ人間なのにこんなに感覚が違うんだな、としみじみするなどした。 大助が死ぬのは仕方ないとは思うけど、そもそも真田は家族の縁が深い家で、だから本当なら生かしてやりたいはずなんだよな。でも仕方ないと思えてしまう。 父上の夢は叶えてやりたいから兄弟で策謀を巡らすけど、大事な兄弟にそれぞれがそれぞれに大変な役目を負わすのだよね。 くーーーーーーーー!矛盾してる気がすることが同時に当たり前のようにおこるんだよね!せつない!し、そこを「熱い」とか「たまらん」とか思ってしまうのもまたね!矛盾だね! そして、その歴史の重なりとダイレクトにつながってわたしたちが生きている!と定期的に興奮するんだけど、まさに 「背後には乱世、眼前には泰平。信之はちょうどその境、信玄はずっと後ろ、父上は少し手前でにこにこ自分を見てくれている気がする」 というのがラストの信之の心情に出てきていて、これも大興奮したなー! 地続きになってるのがいいだけじゃなくて、先人たちが笑顔で見てくれているのが、もーはちゃめちゃに最高すぎるぜ。 最後のおにーちゃんの章はもーーーー別格で面白かった。耳掃除するときの気持ちよさみたいな、痒いところかいてる気持ちよさみたいな、あーーーーそれそれそれを求めてたんすよたまんないよ!!!!ていうかんじ。 頭のいい人は頭がいいんだなあ! 諦めず頭を動かすところも、腹芸というかなんというかをするところも、とぼけるところもいいんだけど、最後に家康がパッと負けを認めるところも良かった。 そして家康と信之は互いに憎み合ってるわけではないってところが痺れるよなあ。家のため誇りのため死んでいった誰かのために、というところもあるんでしょ、くーーー! 石田三成はたまーーーにしかでてこなかったけど、やっぱり素敵でありました。 おにーちゃんと話すときにちょっと笑う三成、それを「あれは相当機嫌が良いよ」みたいに源次郎に説明される三成、かわいすぎるぜ。 - 2026年8月15日
春はまだか今村翔吾読み終わった時代小説の方も読もうと思って手を出したくらましやシリーズ。 歴史小説よりもスラスラ読めるし、イクサガミほど重たくない、気がする。 あと2冊買ってあるから読むけど、わたしは時代小説じゃなく歴史小説が好きなんだな、と気づいた。 もちろん面白かったし、ドキドキハラハラもあったし、たぶんこれはくらやましやのみなさんがやばいことにはならず春ちゃんも幸せになるであろう!というある意味信じて読めるのも良かった。 でも、かっこいい技とか大立ち回りとかそういうのを読みたいんじゃなく、歴史上の人物のお話をわたしは読みたいんだな、たぶん。 面白かったし歴史に興味持ってもらえそうだし子供らが読むとめちゃくちゃいいなと思う。 - 2026年8月14日
乱読御免今村翔吾読み終わった本を軸にしたエッセイ。 そもそも今村翔吾という作家が好きなので発売日に買って読んだ。 何冊か読みたいなと思う本があったので本屋さんで見てみようー。 サンタクロースの話、おとうとの話、雄太の話、おばあちゃんの話が印象的だった。 さまざまな気持ちは善悪どちらであっても大きな影響を与えているんだよなあとか、人と人の繋がりの大切さとか、なんだかしみじみしたというか、なんというか。 子どもの頃の経験が、というところでは、あーそーだなわたしも子どものころのアレコレが価値観つくってんなと改めて思うなどした。 最後で紹介されていた『21世紀を生きる君たちへ』、めちゃくちゃ好きで職場に置いているんだけど、誰も手に取ってくれないからたぶんわたししか読んでない、けど、すごく好きなんだよなーーー! 教科書で読んだ記憶はないんだけど、せっかく置いてあるんだからみんな読んだ方がいい。 わたしも「「未来」という町角に、私はもういない。」のところすきだ。 かつて生きた人々の未来に私たちは生きていて、わたしたちの未来を現在として生きる人々がいるのだよなあ!!!とワクワクしちゃうのであった、いつものように。 - 2026年8月14日
戦国武将を推理する今村翔吾読み終わった前書きの「彼らは間違いなく生きていた。」からのながれがどちゃどちゃに良い。そういうことを考えるのが好きなんだよ〜!!フー!!!と思いつつ読んだ。 有名武将がたくさん出てきていて、ふむふむ、と彼らの話をいろいろ解説してもらう本。割と有名な話も出てくる。 こう考えていたんじゃないかと思ってます、と書いてくれてるから、なるほどねえ!と素直に思いながら楽しく読めた。 石田三成の章を読むために読み始めたんだけど、なぞにその三成の章を読むときは緊張したりして、いやーーー、石田三成がすきだなーー! 「理の人でありながら情義を重んじる人間らしさ」とか「生きてこそ、という思い、命を大切にする姿勢」とかそういう文章が出てくるたびに、いちいちクウ〜〜〜!であった!! 三成三部作の三作目、楽しみにしてます。三部作と言わず何十作もお願いします。 今村作品は繋がっている、という話も出てきたので、今後はそのつもりで読むのも楽しいな。 2026夏の石田三成フェア開催中だったからその時代のものを6冊ほど読み返したり買って読んだりしてたんだけど、そう言われると別の本も読み返したくなっちゃうな〜。 茜唄読み直すつもりだったけど、真田丸見てるから先に『幸村を討て』を読んでもいいなあ。 - 2026年8月13日
塞王の楯 下今村翔吾読み終わったはちゃめちゃに面白い!!上巻からさらにスピードアップしてめっっっっちゃくちゃおもしろい! 一気に読んでしまった〜! 2度目であってもほんっっっとにおもしろいよ! 「人は愚か」に尽きるだろ、と上巻読み終えて思ってたんだけど、下巻で「人が人である限り争いは絶えないのかも、でもそれを是としたら人は人でなくなる」って出てきてた!!!すげーーー頭の中どうなってんの。 そーだね、人は愚か、人がいる限り争いは終わらない、で考えるのを終えてしまったら、どこにもなににも繋がらないね。 「楯と矛は、人の愚かさを示し同じ過ちをおこさないためにあるのではないか」とそのあと続くんだけど、ウオオオなるほどなあー!すごい。 生きている以上ぶつかることは避けられない、でも過分な力や抑える力は、愚かさとその繰り返しを防ぐためにあるのかー!!! 楯と矛、どっちがいうこともわかる、と思うのは、楯も矛も誰かや何かを守るため、ということが根底にあるからだもんねえ。 だからこそ争いの後に愚かさをしらしめ、繰り返してはならないのだと感じることができるのかもしれないなあ。もちろんはじめから争いなんてない方がいいんだけど、ゼロにするなんて無理だからこそ争い方ってものがあるぞ、というか。 でもそのために立花宗茂や匡介や彦九郎が汚名を着る、というのもまた違うとも思うよね。 彦九郎にはそれを立花宗茂が言っていたけど、それは立花宗茂にも同じことが言えるのではないのかな。「殿」と言う立場だからこそ、背負わねばならない責任があるから、それは仕方ないのかもしれないけども。社長が全責任を負います、的なことだもんね。 本文にもあった通り、人の心がそもそも矛盾しているのだよねえ。何が正しくて何が間違っているかなんて決められないんだよなあ。 「蛍大名」といわれる京極高次本人に会ってみると彼は自分がなんと言われても領民を守ることをとにかく大切にする人だった、というのもまさにそれ。 それこそ、それぞれの立場で考えなくてはならない、想像力を持て、という小学生のときから人々がずっと言われていることに繋がっていくのかも。 大人は取り繕うのがうまいから上手にぶつからないようにしているだけで、人付き合いでイライラすることは珍しいことじゃなくて、だからこそどちらかが一方的に正しいわけでも間違っているわけでもない、という視点を忘れてはいけないんだよね、きっと。 簡単なことではないけど!!! やっぱり信頼できる「殿」の存在というのはすごい。大津の人々にとっての京極高次、石田三成にとっての豊臣家、徳川家臣団にとっての家康、みたいに。現代に殿様はいないけど、顧客でも同僚でもなく、そういう上司に出会えたら幸せだろうなー。その存在があればちょっとの無理も乗り越えられちゃうもんね。それが客のため同僚のために繋がるし。 飛田屋も国友衆も、依頼されたのだから最後までやり切る、というシーンがやはりめちゃくちゃ好きだった! 毎度毎度同じことを言うけど、「仕事だから」と矜持を持って果敢に行動するシーンがとにかくはちゃめちゃに刺さる。ウオー!!! 残業が伸びていくだけで「人が働いていい時間じゃない!!!」「時間内で終えられるわけがない仕事量で理解できない!!!!」とわたしは騒ぎたくなるのに、彼らは命をかけて仕事をするんだよね!誰かのために! で、それがたぶん彼らを彼らたらしめているんだろうな、というのも熱い!たまらん!!!言葉にならん! 知恵を絞って限界を超えて最善を尽くすの、かっこいいよ!もーほんとに!! 穴太衆は依頼者のために働くから、西軍と対峙したあと次は西軍と一緒に戦う、となるんだけど、なんか不思議だな。 穴太衆へのリスペクトから「いちど話をしたかった」は事実だと思うんだけど、その穴太衆の技術があったからこそたくさんの犠牲も出たわけで、となるとまた矛楯の話に繋がってしまうんだけど、まあそれはそれとしてああしてすぐに気持ちを切り替えられるものなんだなあ。というか。 そういう時代だから、とも言えるのかもしれないなあ。乱世だし。うーーーーん。わからん。そこにはいろんな思いが渦巻いていると思うんだけど、うーん。時代も感覚も全く違うわたしには一生わからないのかもしれない、けど、知りたいなーー そしてもう一つ印象的だったのが,誰もがそれぞれにかがやける場所がある、というところ。様々な石がそれぞれにピタリとはまる場所があるように、人にもピタリとくるところがきっとある、と。 わたしの「ピタリ」はどこだったのかな。 1回目に読んだ時は京極高次いいな〜!横山殿かっこいいなー!!とぼんやり思ってた気がするんだけど、今回はなによりも玲次のかっっっっこよさがほんとに刺さった。あんなのみんな好きになっちゃうぜ〜〜。立花宗茂はもちろんいつもかっこいい。戦国武将伝でもよかったもんね。 はーおもしろかった!めちゃくちゃ熱かった!なんかもっと言いたいことがあった気がするけどもうわからん!崩れては直し崩れては直し、と、賽の河原のつながりも痺れました! 大津城、見てみたかったな。 - 2026年8月13日
塞王の楯 上今村翔吾読み終わった2026夏の石田三成フェアの余波。 2度目だけどやっぱり面白いな〜! 上 前回読んだときはちゃんと感想を残さなかったけど、多分思ったことは同じだと思うな。 矛と楯がテーマ。どっちが言うこともわかる! てのと、 守るために武力を持つことの是非、というのもテーマのひとつかなと思うなどした。 彦九郎は匡介に「だというのにお前らが強い楯を作るから戦が終わらない」ということを言うのだよね。 源斎も匡介もそれはそうかも、壊れない石垣を作ることで強い鉄砲が生まれてだからこそ戦が長引きたくさんの犠牲者が出たのかも、と悩むんだけど、そうか??? それは武器を作る側の傲慢さからくる主張では?攻められれば守るのは当然では?でも抑止のための武力、も、わかる。源斎の言う通り「人は愚か」が全てだろ、とわたしは単純だから思ってしまうんだよな。 わたしがウオオオとなったのは、相変わらず「繋がっていく」という話についてであった。 飛田屋にしろ国友衆にしろ、思いは繋がっていく。 彦九郎も「俺の技術が礎になってもかまわん」といっていた。 なかでもわたしは「互いに支え合って一つのものを造るということ、目立った功績の裏には目立たずとも礎となる者がいること、ふと石垣と人は似ているのかもしれないと思った」でいっっっっちばんクウ〜〜〜!!!!!となったよね! 歴史の教科書に載らない人たちのこと、彼らが必死に生きたから今につながっているのだということ、まさにじゃん!という興奮。 何を読んでも同じようなことを考えている。 でも本当にそうなんだよねー自分ひとりでいろんなことができるようになった気がしてるけど、いまのわたしがアレコレできるようになったという現在地点に至るまでに、たくさんの直接的な力添えと学びや気づきを与えてくれる他者がいたのだよなあ。 で、その他者にもおなじようにサポートしてくれる他者がいて……と繋がってきているのだ。 歴史とは尊い!!!!人の営みのつながり!!!!! もう一個響いたのは、積方と荷方の話で出てきた、知らないと傲慢になる、という内容だ。 みんなそれぞれの仕事を必死にやってても相手の仕事っぷりをしらないと「もっとちゃんとやれよ」とか「おせーよ」とか思ってしまう、てやつ。 あーーーー耳が痛い!でも思っちゃいがちですねわたしはね!! それを素直に認めて自分を変えられる匡介は立派だ。 わたしも視野を広く持って自分の価値観だけで物事をはからず寛容でありたいなあ。難しいなあ。 あと、玲次がいちいちかっこよかったです。 匡介と仲良くなってからはかわいかったしね。 - 2026年8月7日
関ヶ原 下司馬遼太郎読み終わった西軍かっこいいぜ〜!たまらんかっこよさだった!!島左近、大谷吉継、蒲生郷舎が半端なかった!!!!!とくに左近!!! と、いう気持ちがめちゃくちゃ大きくて、関ヶ原といえば西軍のかっこよさ!の記憶がわたしは先走っていたんだな。だから石田三成もずっとかっこよかったはず!と期待して下巻を読んだんだけど、三成のかっこよさは負けを確信してからだった。上巻の三成はずっとかっこよくてかわいかったけど、下巻の三成は敗戦直後からが本領発揮であった。島左近はちなみに上中下巻ずーーーーーーっとかっこよかったです。あんなのみんな好きになっちゃうぜ。 下巻の三成はまあとにかく迂闊で視野が狭くて頭がかたくて都合の良い解釈で勝ちを確信し希望的観測で思い込んでばかりで不安になるとうろたえ体調の悪さに苦しみそれでも諦めずボロ雑巾のようになっても本懐を遂げようとする人であった。ちょう等身大の人間じゃん!!くう〜!そこも三成の良いところだよ!!と三成ど贔屓のわたしは思ってしまうんだけど、でもそうだよねえ、誰もが自分の計画は絶対うまくいくと盲目的に信じてしまう一面があって、別のことであれば多角的に見ることができたとしても信じたいことに関しては一面からしか見ることができず、突然心配になったりどうしたら良いかわからなくなったりして、いてもたってもいられず誰かにお願いするのも不安で自分が動くことを止められず、でも願いを捨てられず最後まで足掻いてしまう、なんて、誰でもあるよね!そりゃ石田三成ですらそうなんだから私がそうなっちゃうのも当たり前だよね!!!!と思うなどした。 ワタワタする三成に対して泰然とする家康、という対比が合戦が始まるまでは多かったけど、いざ合戦が始まると家康もじっとしてられないし感情的になっていたなあ。だからといって、家康だってそうなんだから私がそうなるのはもっとあたりまえだよな!とは思わないのが、三成贔屓だからこそだよな〜〜〜くそ〜家康め〜〜〜、と思いつつ読んだ。 合戦のシーンは関ヶ原に行ったことを思い出しつつ読めたのがよかったな。やはり寺社城郭古戦場などには積極的に赴いた方が楽しい。あのひろーーーい場所、そしてあの山、あそこで大きな合戦があったのだよなあ。しみじみ。 結局三成の人徳のなさ(というか、言葉選びの悪さ、「異常な」潔癖さ)が合戦時の島津の動きを決めたし、前段階からの準備の周到さが動かない西軍のもろもろに繋がったんだよね。言葉には気をつけよう。そして準備を怠らずに何事にも取り組もう。 でも西軍はやっぱり運もなかったと思うよ、三成は運とかじゃないっていうけどさ。吉川広家の毛利家に対する評価とか、運とも言えるでしょ。毛利家当主が人柄がいいだけじゃなく器も大きければ違ってた、し、そのように吉川広家が見極めてなければこれもまた違ってた。そういうのもやっぱり運のひとつだとおもいますよ。西軍派として動かない吉川広家は好きじゃないんだけど、でも毛利を冷静に見て値踏みしてどうしたら1番良いのか考えて動かないことを心に決めてやりとげるあたり、素晴らしくもあった。毛利のことをもっとちゃんと学んだら好きになれそうな気もするよな。 下巻の三成の、この戦はだめだ!が、俺は負けない!義があるからだ!それは一度の敗戦で失われるものではない!だから死なない!逃げます!から斬首まで、めちゃくちゃかっこよかったんだよなーー!もちろん、鬼のように戦い、三成のその話を聞いて色々思うところはあっても、理解しましたじゃあ殿が落ち延びられるように最期まで全力を尽くします、っていって言葉の通りにすんごい戦いをして死ぬ左近はかっこいいんだけど、それとは別の戦い方をする三成もすんごかったよね!本当にあれは確かにある種の狂気なんだろうとおもう。島津の退却を見てあれは手を出さぬ方が良いと福島正則が判断したけど、それに近いものがあるのではないかと思ったな。 で、だよ、その「義」を掲げている三成がさ、かつての領民に助けてもらってるところでさ、「俺も俺は義だと言ってはいるが、利をもって諸侯を西軍にひきよせたし、仮に今回の戦で勝ったとして、自分自身が利に傾かず潔くいられるか自信がない。かつての執権のような立場でふるまうにちがいない(これは必要なことだと信じているがごく一部の仲間を除き、世間はこれは利であり天下を奪ったと考えるだろう)。全ては利だ。俺は利に敗れたのだ」というの半端ない!!!どちゃくそに熱い!!!!! 家康め裏切ったものどもめ東軍についたやつらめお前らみんな不義で利にばかり目が行ってるんだよ!て思っていた人が!敗戦後も生きて義を通すのだと言っていた人が!そういうことを考えるところが尊いよ!!!そして死を覚悟して生活を捨て助けてくれたかつての領民に「だというのに命をかけて俺をこうして匿ってくれるお前の心はどうなっているんだ!」て叫び出しそうになってるの、たまらんでしょ!!!!! それはあなたが領民を愛していたからこそ、彼に生まれた義があればこその行動なのでは!!?!?と、思ってしまうよね。そんな単純なものではないかもしれないけど、でも三成がしんどいときに救ったり顔覚えてたりしたっていう、これまで蒔いてきたたくさんの優しい気持ちが三成を助けるという形で「義」を体現したんだと思うよわたしは!!最後の官兵衛の「三成が家康におもねることがなかったからこそ、世の姿は崩れることなく、正義も失われなかった」ということば、何よりの手向だと感じました!!!ありがとう! 善意は巡るなあ。そして後ろ暗いことをするとそれも罪の意識として未来の自分を縛ることになるんだなあ。と、三成と金吾のことを思い考えるのであった。ある面では病的な正義感が三成にあったからこそ敗戦後に匿ってくれる人がいたのだという事実、または、「柿は食わない」のところで三成の言葉を群衆が聞いてくれたこと、そういうことが次の世代のなにかに繋がっていくし今後にも繋がっていくんだよね。こうやっていろいろな気持ちは形を変えて長い時間受け継がれてきたんだろうなあ。だから歴史というのはかけがえのないものなんだろうな。彼らの生き抜いた未来に生きている我々は彼らのおもいを真摯に受け止めねばならないし、更なる未来に繋げなければいけないと思う。 とにかく、十年以上ぶりに読んだ関ヶ原、記憶の通り西軍はかっこよくて、記憶よりも三成は情けなくてかわいくて等身大の部分もあってそれでもやっぱり普通じゃない気高さと「利害の世に異常な正義感を持ってひとり立っている」「狂人」なところがあって、めちゃくちゃかっこよかった。やはりバチバチに嫌味と皮肉をいって奉行として動いている三成は最高だよ。捕まってからガンガンに言いたい放題言ってるところめちゃくちゃスカッとしましたよ!殿!というきもち、いち西軍派の人間として。そして、守るべきものがある人は強い。 読んでよかったな。先人たちのことを考えると、我々は昨日よりも少しだけでも背筋を伸ばして恥ずかしくない生き方をしなければならないな、と思えるね。そしてそれを強要してはいけないのだ。三成の姿からこれもまた学んだのでありました。 八本目の槍から始まったわたしの2026夏の三成フェア終了!さみしいな! - 2026年8月2日
関ヶ原 中司馬遼太郎読み終わったやっぱり中はちょっとだれる。人々の紹介が多くて西軍の出番が少ないからかな。はやく下をよみたい。 とにかく家康はすごい!という瞬間が多いんだよな。数の上では西だし豊臣への恩を思い出されたら怖い、と誰もがいいつつ、でも勝つのもこの後の世を動かすのも家康だろうとみんな思ってる。再び乱世になるという意味で違う考え持ってるのは官兵衛と昌幸だけ。 三成ですら正面からぶつかったら負けると思っている(でも合戦をしなきゃ意味がないから合戦をする、という三成が素敵であった。それを「嘴が黄色い」と評価する左近もかっこよかった) とにかく家康は強すぎるとわかっているから上杉と手を組んだし、島左近も暗殺をすすめるし、大谷吉継も「俺の命も今年限りだ」っていうんだよなあ。必ず勝つという意識はもちろんあるんだけど、そもそものスタートとして徳川家康はとにかくどの部分を切り取っても強大である、という意識があって、だからこそそれぞれの決断が熱いんだよね。そしてわたしはとにかく絶対的に西軍贔屓なので、そういう状況でありながら決して驕らない家康を普通の感覚じゃないなあ!と思えても、家康を好きにはなれないのであった。実際家康はすごい。それ以外の言葉がない。でも家康さあ!て思っちゃうんだよね。秀吉との約束やぶって何もかも奪っちゃったじゃん!て。 死ぬ覚悟で、というシーンが多かったな。伏見城にしろ、島左近や大谷吉継にしろ。なんとなく西軍に入ったメンバーはその後のことを考えて東と通じているけど、戦のど真ん中にいるメンバーは死ぬことをわかっていて、「殿の命令に従うため」「友のため」「主君のため」「義のため」とかで命を落とす覚悟で行動して、そして実際に死んでいくんだよなあ。わたしは「その後のことを考えて東に通じる」ほうが余程理解できるんだけど、譲れないもののために命をかけるというのはどういうことなんだろう。負けるだろうと思う側について、負ける覚悟ができているのに、勝つつもりで動くんだよねえ。覚悟とは?負けるとわかっていても行動しなくてはいけない理由と自分を納得させている思いとは?とか思ってしまう。 勝つつもりで動くのは行動を起こす以上は当たり前のことではあるのかもしれないけど、なんだかやっぱり今の我々の感覚とは大きく違うように思うんだよなあ。時代や置かれた状況が違うとこうも人は変わるものなのか。「第一志望はそこで良いし受かるつもりで寝る間も惜しんで勉強してね。同時に落ちるつもりで第二志望や滑り止め調べてちゃんと受けてね」ってのと一緒?命がかかってないだけで人生の方向性が変わるから同じ?でも受験は自分のためだけど、彼らは自分のためではなく何か別のもののために命をかけているんだよなあ。勝つつもりだけど誰かのために死ぬ覚悟。わからん。 そして話していて出てきたんだけど、そうか、「別のもののために命をかける」の「べつのもの」ってのを「守りたいもの」と言い換えるとわかりやすいのか。守りたいものがあるから覚悟が決まるのだよね。だから勝つつもりで動かないと意味がないのだね。守りたいものがあるから。主君や友や義を守りたいから。負けることはわかっていたとしても守りたいものがあるから覚悟を決めてるのか。負けるとわかっていても、動かないことには守りたいものを守れないのならやるしかない。命をかけてでも守りたいものとは?という問いなら今にもきちんとつながるね。家族、友達、恋人、ひとによっては仕事や宝物や気持ち、そういう失えないもののためになら覚悟決まりますってのはわかる。ような気もする。けど、その守りたいもの、自分はどうありたいかのライン、ってのはどう決まっていくのか。たくさんの人々との関係とかいろんなことがそのラインを作っていくんだろうけど、やっぱりそれは時代も大きく関係してると思うんだよなあ。うーむ。価値観の違いと平たくまとめてしまうのは平たくなりすぎるよね。三成は義を守るためにたくさんの人の命を奪ってしまう覚悟も同時にあるのよね、それよりも三成の守りたいもののほうが大きいのかあ。むむむーむ、むーむむ。 昔、歴史学者の誰かが「関ヶ原で石田三成が勝っていたら日本人のメンタルはこうではなかった」という話をしていて、その詳しい内容は全然覚えてないんだけど、関ヶ原の勝敗が歴史をどう変えたんだろう。人の意識もなにか変わったんだろうか。 だからこそ、今回は左近の「この戦、誰かが起こさなければ、日本に正義というものが未来永劫なくなってしまう」という内容の言葉がめちゃくちゃ良かったな!!!これは物語だけど、豊臣から天下を継ごうとした(西軍派としては天下を騙し取ろうとした、といいたくなるけども)家康がいなければ泰平の世は訪れず様々な文化や意識も育たなかったけれど、三成が家康を許せないと行動を起こさなければ正義というものは失われていたのだよ!!!たまらん〜〜〜〜〜!!!!! あとは「力あっての法であり正義、だからこそ19万石しか持たない石田三成ではだめだ」てきなところの確かにそうかもしんないけどあんまりだよという話と、山内一豊の三成評(彼が悪役を引き受けたのだというところ)と、ガラシャを殺すことで永久に自分のものにしようとする細川忠興&愛とはそういうものなのか?とおもう家臣(この人も主人の命でガラシャを殺して、殺す以上己も死ぬのだと覚悟をしていたな)と、誰もが豊臣の命であれば動くと信じている三成が印象的でしたね! でも、上巻の「利害の世に、異常な正義感をもってひとり立っている。」ほど素晴らしい瞬間はなかった。 島左近と三成の関係がめちゃくちゃいいのは変わらずだけど、大谷吉継と三成の友情もめちゃくちゃ良い〜!下巻が余計に楽しみになる!中巻では三成がわりと穏やかでけっこうのんびりしてるから、下巻になって戦の中で激烈に考え行動する三成をほんとうに早く読みたい。左近や吉継を思いやる三成もめちゃくちゃ良かったし、領民のこと仲間のことを大切にすふ三成も大好きなんだけど、やっぱり全力で頭を動かし自分の全てをつかって働く三成がよみたい!うずうずするね!!! - 2026年7月29日
関ヶ原 上司馬遼太郎読み終わったこの表紙じゃない古い方の関ヶ原を引っ張り出してきて数年ぶりに読んだ。かっこいい石田三成を読みたくて! 読みながら思い出したけど、石田三成はあたりまえにかっこいいんだけど、それよりもなによりも島左近!本当にかっこいい!誰だって自分の給料の半分出して雇いたくなっちゃうよ!下巻では島左近だけじゃなく西軍がまとめてめちゃくちゃかっこよかった記憶があるからこの後も楽しみだぞー! 読み直していてとにかく強く思ったのが、家康むかつくな〜〜〜とうことであった。わたしは圧倒的三成贔屓なので色眼鏡で見ている自覚はあるけど、とにかく家康嫌だわ〜〜本多正信は老獪でかっこいいね、とおもうのにな。でもわたしは当たり前に家康に騙されるし、まんまと使われて命を落とすことになるのだろうなあ。それからなぜか昔から黒田長政にめちゃくちゃ敵対心をもってしまう。長政も家康くらい嫌だわ〜。 お目当ての三成はもちろんかっこいい、けど、上巻では可愛いほうが勝るかも。島左近と話してる時の言葉遣いとか、初芽ところころしてるときの感じとか、めちゃくちゃ可愛いよ!ふだん伶俐な奉行さまが、自分の前ではあんなに無防備にあんなにかわいい口調で話してくれたら、三成傘下はみんな殿のこと好きになっちゃうって!関ヶ原では三成の役人としての仕事ぶりはそれほど描かれていないけど、有能で頭がかたくて可愛い人だったんだろな〜〜と思うよねえ。司馬遼太郎の三成は、なんかそういう「私だけが殿のことをわかってる」と思わせる。チラチラと見え隠れする隙が魅力な感じがするなあ。少なくとも上巻においては。 とはいえ、家康のところに転がり込んできたときの三成と本多正信の嫌味の応酬とか黒装束で乗り込んできて嫌なこと言って、地の文で「ほとんど異常である」とかいわれてるところは痺れるかっこよさだった。それそれ!他者からどう見られたとしても自らの信念を堂々と通すあたりが好きなんだよ!というきもち。でもそこを家康が上回ってくるからいやなんだよね。ほんと、上巻の三成はまだ家康の掌の上で踊らされている。 しかしあれだけ愛される秀吉というのはすごい人物だったんだなあ。秀吉が衰えていく姿を見て思わず吐いたり、粛々と仕事をしたあとボロボロ泣いたり、そういう三成が魅力的だったのとあわせて、利家が三成のことは嫌いでも秀頼を守るために三成の力を頼るのとか、そもそもは秀吉への愛があるから出てくるものだよね。秀吉が死に際したときの周囲の状況や死後の扱われ方は寂しかったし、国を支配下においても最期は「かえすがえすも秀頼のことを頼む」て泣きながら何度もお願いして死んでいくのも切なかったけど、そんな秀吉を心底愛していた人たちはたくさんいたんだよねえ。家康が憎いぜ。そして三成のことをもっと信じてやってよ小姓メンバーズ……と思ってしまうのであった。拗れちゃうとなかなか難しいのはわかるけどさ。けどきみらずっと一緒にいて、ほんとに佐吉の何を見てきたんじゃい、と、思っちゃう。価値観が全く違っていて、働く場も違っていて、もうどうにもならない距離ができてしまっていたのかな。切ないな。 で、三成の価値観ってのが、「利害の世に、異常な正義感をもってひとり立っている」てやつなんだよね。この一文めちゃくちゃ興奮した!!!そしてそれは「三成のきらびやかな欠点」なんだよ、たまらん!!!!だからたとえ好機であっても信頼する島左近のアイデアであっても、暗殺なんてものは三成にとってあってはならないものなのだよ!くうー! そうあることはなかなかできることじゃないよなあーしかも三成には絶対に成し遂げたい思いがあって、絶対に許せない家康という存在があって、それじゃ勝てませんよっていってくれる島左近もいるのに、それでも三成はその信念を曲げることはできないんだよね。信念なのか、覚悟なのか、あたまのかたさなのか、頑固さなのか、誇りなのか、わたしにはわからないけども!たまんないよ!!本当に石田三成はかっこいい!!!そしてそのあり方を当然自分にも求めているところもいい。 これ、やっぱりわたしたちにもどこか似たところがあると思うんだよね。その一種の頭の硬さというか、自分の物差しでしか測れない瞬間というか。わたしはすぐに「仕事なんだからやってあたりまえ」「お金をもらっている上に、他者の人生に関わるのだから手を抜くべきではない」「他人の時間を自分の準備不足や不注意で奪うべきではない」とかおもって結構真面目にやっちゃうんだけど、それを自分一人で完結しておけばいいのに、周りの全然きちんとやらずに忘れてばっかりで好きなことしかやらない仕事が遅すぎる人に対しても、なんでやんないの!?!?そんなもん当たり前にやるべきでしょ!!!!てイライラしてるからよくないんだよね。おこがましいですし、レベルも全然違いますけども、三成もそういうことならそれはまあ嫌われますよ、と思うのであった。 でもそういう自分の中の芯、軸かな、というものは大切にしたいなとも思う。でも強要しちゃいけないね。わたしもされたくないし、価値観は色々だもんね。 とにかく本当に、ああいう時代に利害ではなく正義で動こうと考える三成はめちゃくちゃ眩しくてかっこいいよ。そりゃ頭おかしーなって周囲には思われても仕方ないかもしれないけど。だからわたしは強要しちゃダメだと自分に言い聞かせつつ、同時にちゃんとやらない奴にめちゃくちゃイライラしながらも、しっかりやるべきだと思ったことは、自分はきちんとやり抜きたいと考えちゃうんだよな。三成イズム、ある部分では大事にしたい。 はーーー石田三成は素敵だな!!! 下巻がたのしみ!中巻もよむぞー! - 2026年7月26日
戦国武将伝 西日本編今村翔吾読み終わったやっぱり短編はさらーーーっと気負えず読める。そしておもしろかった。 石田三成めあてで読んだけど滋賀県の石田三成のエピソードは『五葉のまつり』と同じものだった。が、まあとにかく各所に出てくる石田三成がやっぱりかっこいい。加藤清正のところででてきた賢しい佐吉の話もよかったけど、加藤嘉明の妻の語る「石田様は優しい方」の言葉も大変によかったな。で、加藤嘉明が妻と一緒に領民のために生きていくっていうの、『八本目の槍』を読んでいたからこそ感慨深いよねーーーー穏やかな時間を生きているようで安心した。三成も安心していると思うよね。 好きだったのは、北畠具教・謝名利山・島津義弘・立花宗茂だな。島津と立花はかわいいね!!!という、きもちで、北畠と謝名はまんまわたしの好きな、最期まで誰かのために戦う、憎まれ役を引き受けて信念を貫いて死ぬ、という話だった。 そういう思いや覚悟がどこから生まれるのか、さらにそれをどうして貫くことができるのか。ほんと漠然とすごいなあ信じられないなあとぼんやり思うだけなんだけど、基本的なところは今と変わらないんだよね。もちろん立花のところであった「殿様たるもの些事を気にせずドンと構えているもの(だから濡れたら困るものだからって雨に濡れないように家の中に入れたりするな)」てのは今は価値観が変わっている気がするけど、家族や仲間を大切に思う気持ちとかそのあたりはずっと変わらずあるんだよね。やっぱり環境と周囲の人間が覚悟を作っていくのかなあ。蜂須賀の話にもあったように先代や先先代への劣等感はあっただろうし、周囲がそれをいかに上手に育てたか、絶対的で尊敬に値する殿と仰ぐ人物に会えたか、というのも大きいよね。とはいえ、やっぱり本人が周囲からのそういう気持ちや願いをいかに受け止めどう育てたかによって生まれる覚悟もかわるんだろうとおもうんだけど、その受け止め方育て方の違いってのはどこから生まれるんだろうか。 わたしがたとえ戦国の世に生まれていたとしても、確固たる覚悟みたいなものはできなかったんじゃないかと思っちゃうもんな。まあそりゃ大名格じゃないからね、わたしはね。でも百姓は百姓の誇りがあったと思うんだけど、だから秀吉のゴボウの話とかになるんじゃないかと思うけど。揺るがない意志、というのはどこからうまれるんだろうなあ。今を生きるわたしは「仕事なんだからやって当たり前だろ」ておもっていやでもなんでも絶対やるし手を抜いてる人にはイライラするけどそれはちょっと違うと思うんだよなあ。 うーん時代が違えば価値観はもちろんかわるけど、実際は昔も今も本当に変わらないのかもね。わたしたちも500年後には想像を交えて語られるようになって「確固たる覚悟」を持つ人々になっているのかも。つまり、戦国大名たちにもたくさんの葛藤や迷いがあったということだよね、あたりまえだけど!!!!!くうーーーー!覚悟とは!!!彼らの抱えた様々な思いはどこに繋がっていってどこに残っているんだろう!!ほんとうに彼らの生きた未来に私が今生きてんの!?!?信じられない!!!と、めちゃくちゃ興奮するよな、こういう時代の話を読むと。 - 2026年7月20日
戦国武将伝 東日本編今村翔吾読み終わった短編だからめちゃくちゃ読みやすい。毎日ちょっとずつ読んでたらあっという間に終わる、けど、物足りなさはやっぱりちょっとあるよな。 やっぱり真田はかっっっっこいいなー!!! てのと、 信玄と謙信の関係が熱いね!!!! てのと、 優しく寛大な人々は素敵だね!!!ひかれるね!! というのが大まかな感想だ。 前田の話に出てきた丹羽さまとか北信愛とか、人の気持ちを考えて動けるのはすごい。わたしもそうなりたいけどなかなかそうはなれないのであった。 伊達政宗はかわいかった。そして頭がいい。五葉のまつりでは奉行方からみてたから、この本の政宗側からの話はかわいさがまさっててよかったな。 まあなんにせよとにかくとにかく真田昌幸はかっこいい。信幸も素晴らしい。真田を残す者と意思を貫いて戦いの中で死ぬものと、ということを考えるとクゥーーとなるよなあ。言葉にならない!乱世だからこそそうだったのか、今の時代でも状況が違っても似たような場面になったら人々はそのような覚悟を決めるのか。そういうの考えるとたまらなくなるね!歴史は面白い。 やっぱり豊臣政権とか織田の強大さってのはすごくみんなに影響を与えていたんだなあ、当然だけど。乱世というのは大変だ。領民は自分たちの思いの及ばないところで領主の決めたことに従うしかなくて、それは今も大きく見たらそうかも知んないけどでもそれは戦国の世との比ではなくて、そうなると目の前のことをひとつひとつしっかりと愚直に取り組むしかないからこそ、領民に目を向けてくれる殿様方の話が魅力的なんだろうなあ。 そして、ちょびちょび出てくる石田三成に毎度毎度フー!となった。西たのしみだなーー滋賀県の章が! - 2026年7月14日
五葉のまつり今村翔吾読み終わった2回目でもやっぱりはちゃめちゃに面白い安土桃山時代のお仕事小説!!!最高〜!みんな覚悟と矜持を持って働いている。わたしもそうありたい。仕事をする人は全員読んだほうがいい。仕事への姿勢を五奉行から学ぼう。 1回目に読んだときは気づかなかったことがたくさんあったな。八本目の槍とも塞王の楯とも繋がっていたんだね!というウオオオがあった!登場人物が被っているだけじゃなくエピソードも重なっていたんだねえ。全体的に八本目の槍ほど悲しくなかったな。 まあとにかく三成がかっっっっこいい。八本目の槍の三成よりも人間味がめちゃくちゃある。八本目の槍を読んで他者の語るかっっっこいい三成を読んだ後に、怒ったり笑ったり疲れたり年齢を感じたりする三成の姿を本人の思いを知りながら読むのたまらないよ。八本目の槍のときも三成はすごくすごく優しいけど、七本槍が見た三成の姿にしか触れられないのに対して五葉のまつりでは三成の考えに触れられるのが良い。そしてかっこいい。あの三成が八本目の槍のラストで黒田長政に悟られぬように演技して福島正則と会話するのか〜!とおもうとさらにたまらん。 この本においても三成は常にかっこいいんだけど、政宗との会話のなかで不意に敬語をやめる瞬間がゾクゾクしてめちゃよかったね。たまんないね。 大谷吉継もかっこよかったな〜〜〜!!!大谷吉継がかっこよくないわけないんだけど、優しく穏やかで頭が良くていい男すぎる。その大谷吉継と話す三成がやはりたまらないのであった。わたしはとにかく石田三成が好きなのである。あの2人は仕事仲間ではなく友人なんだよね。かわいいな。 なんだろうな、三成にも親がいて同僚がいて部下がいて友がいて妻がいて、っての想像できるのがよかったな。どうしても三成というと「義の人」とか「関ヶ原の人」とかになっちゃうんだけど、三成にも我々みたいにフツーの時間も流れてたんだよなあと思える感じが好きだ。 わたしも他者をサポートする仕事をしているから、喜ぶみんなを外から見てヤレヤレって思いながら「こっちの苦労も知らないでさあ!」て同僚とニヤニヤしながら話す感じとか、きみらは楽しむだけだけどこっちは準備も片付けも全部でほんと大変なんだよ!てのとか、わかるよわかるよ〜!とおこがましくもおもってしまった。きっとどんな仕事も形は違っても同じような点があって、だからこそ感謝と配慮を忘れちゃいけないんだよなあ。わたしは「どんだけ嫌いでも私情を挟まず粛々と」と三成みたいに立派には振る舞えてないけど、でも「ただただ喜んでもらうために」「これは仕事なのだからやるしかない、それ以外の選択肢はない」てきなところに、そうだよね仕事ってそういうもんだよね!!!て思ったな。色々やらない職場のあいつらにこの本を読め!!!と強制的に読ませたい。「政とは諦めぬことではないのか」とか「人の想いが大きなしくじりにも大きな成功にもつながる」とか、くうーーーー!!!そうですね仕事めちゃくちゃ嫌だけど頑張るよ三成見ててね三成に見られても恥じない仕事をするから!!!という気持ちにその瞬間だけはなれるというか。ほんとうに、仕事をする人は読んだほうがいい。 三成はめちゃくちゃいい上司で、ちゃんと部下を見てくれてるし覚えていてくれるしそれを言葉にしてくれるし、そりゃ下奉行のみんなも頑張れるよね!三成が「秀吉に喜んで欲しいだけ」と思うように、下奉行のみんなも「三成のために」という思いがあったと思うよ。三成の思いはきっとそういう形でずっと繋がっていくんだろうなあ。 醍醐の桜の章で佐吉の話が出てきたときはわくわくしたな。石田村に行ってフラフラ歩き回ったことを思い出した。たまんなかった。みんなが秀吉のことだいすきなこと伝わってくるのも、互いへのリスペクトはあるけど今後の時の流れによってバラバラになるんだろうなという静かな覚悟があるところも、めちゃよかったーー。 でも話としては大瓜畑遊びの章の前田玄以のさいごの秀吉へのお願いの場面と三成と大谷吉継の友情シーン、太閤検地の章の長束正家を信じることにしたあたりと三成と大谷吉継の友情シーン、がすきだった。とにかく石田三成と大谷吉継が良い。 三成関連の小説は三部作で!という話をなにかで聞いたので楽しみ!! つぎは関ヶ原をもう一度読むか、もう一回茜唄読もうかと思ったけど、今村翔吾の三成を読みたいから戦国武将伝をよもう。勿体無いから東からよむ。
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