たろう "訂正する力" 2026年8月14日

たろう
たろう
@Taro1998
2026年8月14日
訂正する力
『訂正可能性の哲学』のウォームアップとして読んだ。 結論、そのまま『訂正可能性〜』を読めば良かったな〜と思った笑 本人が言うように「時事と理論と実践」を体現した本書は、保守とリベラルの違いを話していたかと思いきや、過去の思想家の理論を紹介したりする。はたまた著者がゲンロンを経営する中で得た、訂正する力に関する実体験や直感も織り交ぜてくる。 こういう文体が東浩紀の魅力なのは分かったうえで、本書はあまりに色んなエピソードが入りすぎて結局訂正する力の理論とは何だったのかが、自分は深く理解出来なかった。 個々のエピソードにおける共感度の違いもあるのかもしれない。 他の方も書いていた通り、そこで引っかかってしまうとその先に紐づく「理論」の部分が頭に入ってこなくなる。 これは完全に読み手の問題なのだが、自分には合わなかったな〜という感じ。 ただ、いつも東の文系と理系の違いに関する説明は分かりやすくて感心する。 文系の学問の研究対象は、美とか存在とか心理とか、実態がなく言葉の中にしかない概念。だから、理系的な実態と言葉が一致すれば真実という調査方法は意味が無い。唯一できるのは、過去の歴史を踏まえた上で、あの学者の主張は「実は〇〇だったのでは?」という現代的な再解釈/読み解きだ。 だから、図書館は重要だし、今更マルクスの本を読むなんて無意味じゃね?みたいな批判は全く当たらない。 共産主義が瓦解したからと言って、マルクスの思想ごと使えなくなったわけではない。 実は、晩年のマルクスの研究は国家の生産を管理することで、地球環境を守るエコロジーの思想だったのでは?と主張するのが、斎藤幸平の『人新世の「資本論」』だと思っている。 長くなったが、ちゃんと『訂正可能性の哲学』も読んだ上でまた感想を書こうと思う。
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