
はな
@hana-hitsuji05
2026年8月17日
うたうおばけ
くどうれいん
読み終わった
Kindle Unlimited
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「子供を持つとこんなきもちになるんだろうかとちょっと思う。わたしはこの子たちを絶対に守りたい」
この感覚、すごくよくわかる。
逆に自分が命を産んでいたら、目の前にいる自分以外の人が産んだ命に対してどう思うんだろうか。そんなのは関係ない瞬間もあるだろうし、優先順位を秒で判断する場合もありそうとか思うのは、昨日ペリリュー読んだからかな。
「(笑)を当たり前のように使う人と、どうにも仲良くできない」
ずいぶん昔「www」に対してこの感覚だった記憶。なんか嘲笑してるイメージが勝手に作られていて、これを使う人は私のこと小馬鹿にしてんのかな?と思っていた。
月日が経って今では、込み上げてくるおかしみを少し堪えているような笑いのイメージに変化した。そして相手に向けてというよりは、誰にも理解してもらえないかもしれない面白いことをに気づいてしまった時の自分に向けた笑いのマークみたいに感じている。
「でもきっと今玲音さんにはそれが必要だったんですよ」
例えば体の中の水分が足りないから喉が渇くことや、本当は鉄分が欲しいのに摂取できてないから氷を齧るようなことと似ている気がする。
本当に欲しがっているものにはどうしても思えないもので代用している場合もあるけれど、でも確実に何かは不足していて必要だからそれが訪れているような。
「ぷくぷく太っていて、割といじわるで、おおきなつづらを開けそうなタイプのおばあちゃんだった」
「シルバニアファミリーみたいなたたずまいをしている」
読んだ時、声を出して笑った。
大きなつづらを選びそうなおばあちゃんのイメージがあまり良くないって、どれくらいの人がパッと思い浮かべる事が出来るんだろう。
最近の小学生は、むかし話を読むのかな。
大人になっても家の間取りとかミニチュア模型が大好きなのは、絶対にシルバニアの影響(断言)
「心臓の前で開く小さな盾」
私が16歳だった頃、自分には進学の道が閉ざされたと知り、高校受験で燃え尽きて、途端 に勉強に全くついていけなかった。最初の方こそ大きなショックを受けて世界の終わりみたいに感じていたけど、だんだんとそういうのにも慣れてきて、というか諦めて本を読むようになった。
3年間、最も図書の本を借りて読んだ人として表彰されたけど、私の学力は上がらなかったから、あの頃の私にとっても本は小さな盾だったのかも。
今、あの頃に匹敵するくらい本を読み始めて自分でも驚いてる。
小さな盾であり、どこにも行けない自分の空想の時間旅行であり、頭の中の窓が開いて風が入ってくる音が読書だ。
この作者は漢字を使いそうなところでひらがなを使い、ひらがなで表現しそうな箇所で漢字を使っている部分が所々あって、それが自分とは違う文章のリズムに感じて、読むのが面白かった。







