
めい
@meiji_chan
2026年8月18日
ゾンビ回収婦
小砂川チト
読み終わった
現実とVR、人間とAI、公と私、愛と呪が境界を失っていく話。両者はコインの裏と表で、どちらがどちらでも同じことだし、どちらがどちらかは誰にも証明できない。
子供の頃、この世界は本当にこの世界なのか?と考えて頻繁に怖くなっていた。例えば夜空の星は、この世界を覆う黒い大きな布のようなものに神様か巨人の子供のような誰かが開けた覗き穴で、この世界は1つの大きなドールハウスなのではないか。そしてそれを「違う」と証明できる人はドールハウスの内側にはいないのではないか。ママもパパも弟も友達も先生もテレビの中の人もみんな私に嘘をついていて、私は存在しないのではないか。私が私で、私の知る世界が私の知る世界であることをどうやって証明すればいいのか。誰が保証してくれるのか。この世界は壮大な茶番なのではないか。だって何もない空間にある時突然大爆発が起きて、そこから小さな生物が何億年もかけてゆっくり変わっていって、人類が生まれ、文明を発達させて何世代も繋がってきて今があり、その歴史を少しずつ自分たちで解明して、伝えていっただなんて、そんな奇跡、起こりえるのか?あまりにも奇跡的すぎないか?そしてそんな連綿と繋がる奇跡の中に自分がいるだなんて。話ができすぎてないか?
それを伝えても誰も共感してくれないのが余計に「やっぱり感」があって、更に怖がっていた。その時の世界観が今も空想したり物語を味わう時には割と役に立っている。ロマン的なものに昇華されている。
大人になってもついぞ証明はできないまま、その薄らとした恐怖は小さく抱えたままママになり、「茶番だったとして、それでいいじゃないか」「茶番の中で、最善を尽くそうじゃないか」「だって死んでもわからないんだから」と開き直れるようになった。でも、茶番が茶番であると、ある日突然明かされてしまったら?夜空を覆う黒い大きな布が取り払われてしまったら?取り払えるとわかってしまったら?
今日も12時間やってきた大好きな仕事が私や家族のためのものでなかったら?
愛する家族が虚構だったら?
ママやパパがくれた大切な教えがただの呪いだったら?
私が仕事に求めるのは「お金」と「おもしろさ」だけで、そこに「わたしの存在意義」は求めない。「わたしの存在意義」は家庭の中にあって、愛の中にあると、今の家族が教えてくれたから。仕事で誰に称賛されなくても、誰に認めてもらえなくても構わない(だって私の仕事はわりと難しくて誰にでもできることじゃないから。こなしているだけで必死で余計なことを考える余地がなく、毎日終わる頃にはたいてい満足できるから)。でも、私よりいい仕事をする人はいくらでもいるし、少し頑張ればたくさんの人が私の代わりになれてしまうし、私が欠けた程度で回らなくなる仕事なんてあってはならない。
じゃあ、それも嘘だったら?出会えなかったら?私はどうなっていた?今も時々わからなくなって家族を困らせたり、一人で落ち込んだりしている。
仕事に、両親に、愛に何度も疑問を抱いて、その度に「それでいいじゃん、そうなんだから」と開き直ってきたからこそ、「わたし」の怖さが大きく見えた。
私はこっちで「あなた」を見つけられたけれど、「わたし」はまだ探していて、やっと見つけられたんだ。それがたまたまこっちの世界にはなかっただけで。「わたし」は別の世界線の私なんだ、きっと。
こういう揺るがされるような小説は大好物だ。この人の他の作品も読んでみたいと思った。
それはそうと、ゲームの世界のNPCになる設定は実際に可能なんだろうか。現実かゲームか曖昧にしていた最後は結局、どういうことなんだろうか。精神世界?妙にリアルな分、そのファンタジー部分だけが気になった。
あと、この作品が芥川賞を獲れたのはAIとかVRとかゲーム依存とかのテーマが「今っぽい」と評されたからなんだろうな。そのテーマはこの作品の一番の本質じゃないと思うけど。

