
ジクロロ
@jirowcrew
2026年8月19日
アウステルリッツ(新装版)
W・G・ゼーバルト,
鈴木仁子
読んでる
今はもう、あのアントワープの夜行獣館でどんな動物を見たのか、はっきりと思い出せない。
……
今くっきりと脳裡に灼きついているのは、一匹の洗い熊の姿だけだ。私はその洗い熊を長いあいだ見つめていた。真剣な面持ちで小さな川のほとりに蹴りくり返しくり返し一切れの林檎を洗う。そうやって常軌を逸して一心に洗いつづけることで、いわばおのれの意志とは無関係に引きずりこまれた、このまやかしの間違った世界(フアルシュ)から逃げ出せるとでも思っているかのようだった。
(p.3-4)
対象は何であれ、洗いつづける、磨きつづけることは、祈りに通ずるところがあるように思う。
そこに光の有無は関係ない。
考えるからこそ、そこに光と闇が現れるのかもしれない。
それがきれいになっていようが、擦り減っていようが、自分の手の感触こそが生きている証と呼べるような盲目さには。




