きたむ "罪と罰 下" 2026年8月19日

きたむ
きたむ
@kkitamura
2026年8月19日
罪と罰 下
罪と罰 下
ドストエフスキー,
米川正夫
初ドストエフスキー。 「非凡な人間は普通の道徳を踏み越えてもいい」というラスコーリニコフの理屈。「これは大義のためだ」と罪を合理化して生きられると思っても、実際の人間はそんなに合理的ではない。罪を犯し、それを抱えたまま平然と生きることは、おいそれとはできない。「罪と罰」の「罰」とは、刑罰だけではなく、罪を犯したことで人間として生きること自体が罰のようになっていくことなのだと感じた。 一方で、ソーニャやドゥーニャ、母親の存在には心を動かされた。ラスコーリニコフの理屈の外側にいて、人を愛する。もちろんラスコーリニコフにも他者への愛情はあるし、ソーニャにも苦悩がある。 人間は一人の中に、傲慢さ、善意、愛、嫉妬、理性、狂気を全部持っている。みんな大真面目に人生をこじらせている。でも、結局みんな人間。 「罪」という思想的な問題をドストエフスキーが描き切ったその先に、多くの矛盾を抱えた人間そのものを見た気がした。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved