
はな
@hana-hitsuji05
2026年8月22日
読み終わった
図書館本
図書館で借りた
時々、書評とかで「処方箋のような」という表現を見かけるたびに、その言葉にガッチリはまる本をサッと思い浮かべることが出来ずスーン…となっていた。
今の私にとっての処方箋本は、これや。
ページをめくるたびに確信のさざなみが足元をさらうこの感覚。メモとる手が止まらなかった。読んでよかった。
とにかくここ数年、理由は思いつけども、とにかくやさしくなれない自分に疲れていた。
相手に対して「良い人」の擬態を保てる時間が短すぎることに本当に悩んでいて、少し前に「やさしいが続かない」という本も読んでた。
(あっ、もしかしたらこの本も処方箋本って言ってるかも??忘れた…)
世界を公平なんだと信じることで生きていける部分と、それでだんだんしんどくなる自分がいるけど「配られたカードでやるしかない」みたいなスヌーピーの言葉を思い出しながら読んだ。
「『がんばることは尊い』という巨大な物語の中で育ってきたからです」
数字はどこまでも自分にまとわりついてくる。察しの良かった回数、気を利かせて先回りして行動した回数、面白いことを言ってみんなを笑顔にした回数とかも全部数字で、全部評価だった。
「努力とは、『特定の結果を得るための手段』ではなく、「どんな未来にも使える力を、自分の中に残す行為」なのです」
マフラーやストールのフリンジ部分で取っ替え引っ替えやって頭を掻きむしっているけど、温めてくれるのは真ん中の方なのにな。
挑戦したことで失敗した感じになったり、責任をなすりつけられることが続くと、だんだん「やらない方が1番安全だな。どうせ評価は変わらない」と無気力になる。
「『サンクコスト』はこれまでに費やした時間を無駄にしたくないという心理の働き。
でも続けようがやめようが過去の時間やお金は戻ってこない。取り戻せない過去を理由にして、貴重な『未来の時間』を犠牲にしてしまうことこそが、罠の本質」
「これを続けるために、私は他にどんな素敵なチャンスを捨てているんだろう?」
自分のルーティンが良くないものだとわかっていても「この程度で済んだのはこれまでのやり方のおかげでは?」という考えが頭をよぎって、進路変更することを躊躇っている。
もしかしたらもう誰も止めないし邪魔しないかもしれないのに、きっとまた通せんぼされると思って諦めている。
「慢性炎症CRPという見えない火事
・その経験で得たものリストを書く
・なぜやめるかを言語化する
・物理的に片付ける」
「ツァイガルニク効果」
「コミットメントのエスカレーション」
「本来「今の方法・手段をやめる」という選択は、ただの「戦略の変更」にすぎません」
ちょっとこのリストを考えようとしてみて思考が止まる。思考しないようにしていたからなのか、まだ言語化出来ないのかわからない。
自分の価値ってなんだろう。
そもそも価値があるとかないってなんだろう。どうしていつの間にか行動と人格を混同してしまうんだろう。根深い。
「人は、希望を失ったときに立ち止まるのではありません。「道が一つしかない」と思い込んだときに、動けなくなってしまうのです」
本当に今の自分だ。体も思考も動けなくなって、少しずつ自分が何をしたかったのか、頭の中が霧に包まれる感じ。暗中模索?五里霧中?
「人生は旅か?戦いか?」
「問いかけをDOからBECOMEへ。
どう見えるかではなく、どうなりたいか?なにを身につけたいか?」
最初の質問には即答できる。
私にとってこれまでの人生は戦いだった。
でも戦い続けたいのか?戦う気力や体力はあるのか?自問してる。
2つ目はずーっと考えてる。数年前まで確固たる答えを持っていたんだけど、今は揺らいでる。
自分は何を選んでいくのか。何を選んだら納得して生きていけるのか。
いや、今の自分も選択の連続の果てにいる最新の自分なんだけれども。









