
不安定
@unstable_okyt
2026年8月22日
怪談小説という名の小説怪談
澤村伊智
読み終わった
感想
文庫書き下ろしの「ノンフィクション」を含む8編の怪談小説が収録されている。
語られる怪異も、その語りのスタイルも、バリエーション豊か。
怖い。おもしろい。
…ただ、単におもしろいと言ってしまっていいのか。…そんなためらいが生まれるのは本書の構造に理由がある。
本書に収録されている怪談は、どれも「怪談をめぐる怪談」だ。
怪談を語る(/書く/読む/聞く)人の前に怪異が訪れる。
*
怪談を語る(/書く/読む/聞く)とき、往々にして、人の死や不幸は記号的なものとして扱われる。
たとえば、見聞きした怖い話を誰かに語るとして、「その部屋の前の住人は首吊り自殺してたんだって」「その○○さんは、一週間後に交通事故で死んじゃって」というくだりに差し掛かったとき、その死を悼むことはまずない。
死は怖い話を構成する一要素であり、
「怖!」と聞いた人に思わせるための裏付け、あるいは話のオチとして人は簡単に死んだり不幸に遭ったりする。そのことが倫理的に悪いとか悪くないとか以前に、怪談とはそういうもので、死や不幸を記号的に扱い弄んでしまう性質を孕んでいる。
本書は怪談のその性質におそらくは意識的で、怪談を語る(/書く/読む/聞く)人の前に怪異が訪れ、記号的ではない死や不幸がごろりと横たわる。生々しい感触。
「怪談ってとどのつまり、人が死んだり不幸に遭ったりする話ですからね」と突きつけられる。そこが怖い。
*
…そこが怖い…などと言っている自分自身もまた、同じ穴のムジナではないのか。
つまり、怪談を語る(/書く/読む/聞く)人の前に怪異が訪れる、という本書の構造は、本書を今まさに読んでいる読者にもそのまま適用されてしまう。
自分の前にも怪異が訪れるのだろうか。そもそも、とどのつまりは人が死んだり不幸に遭ったりする話であるところの怪談を、こうして楽しんで(しまって)いる自分って何だろう…という問いが生まれる。
その問いに対する答えはそれこそ人それぞれだと思うが、本書に登場するある人物の言葉が示唆的だ。
人間は、この手の話を誰かに語ることでー
(p.283より)

