怪談小説という名の小説怪談

怪談小説という名の小説怪談
怪談小説という名の小説怪談
澤村伊智
KADOKAWA
2026年6月16日
18件の記録
  • ぐるぐる
    ぐるぐる
    @suzushi211
    2026年9月19日
    新潮文庫から引き上げて二次文庫化したことをこんな風にネタにできるのはさすが澤村伊智というかなんというか… 「怪談怪談」が好き
  • へちお
    @hechio
    2026年9月11日
  • 不安定
    不安定
    @unstable_okyt
    2026年8月22日
    文庫書き下ろしの「ノンフィクション」を含む8編の怪談小説が収録されている。 語られる怪異も、その語りのスタイルも、バリエーション豊か。 怖い。おもしろい。 …ただ、単におもしろいと言ってしまっていいのか。…そんなためらいが生まれるのは本書の構造に理由がある。 本書に収録されている怪談は、どれも「怪談をめぐる怪談」だ。 怪談を語る(/書く/読む/聞く)人の前に怪異が訪れる。 * 怪談を語る(/書く/読む/聞く)とき、往々にして、人の死や不幸は記号的なものとして扱われる。 たとえば、見聞きした怖い話を誰かに語るとして、「その部屋の前の住人は首吊り自殺してたんだって」「その○○さんは、一週間後に交通事故で死んじゃって」というくだりに差し掛かったとき、その死を悼むことはまずない。 死は怖い話を構成する一要素であり、 「怖!」と聞いた人に思わせるための裏付け、あるいは話のオチとして人は簡単に死んだり不幸に遭ったりする。そのことが倫理的に悪いとか悪くないとか以前に、怪談とはそういうもので、死や不幸を記号的に扱い弄んでしまう性質を孕んでいる。 本書は怪談のその性質におそらくは意識的で、怪談を語る(/書く/読む/聞く)人の前に怪異が訪れ、記号的ではない死や不幸がごろりと横たわる。生々しい感触。 「怪談ってとどのつまり、人が死んだり不幸に遭ったりする話ですからね」と突きつけられる。そこが怖い。 * …そこが怖い…などと言っている自分自身もまた、同じ穴のムジナではないのか。 つまり、怪談を語る(/書く/読む/聞く)人の前に怪異が訪れる、という本書の構造は、本書を今まさに読んでいる読者にもそのまま適用されてしまう。 自分の前にも怪異が訪れるのだろうか。そもそも、とどのつまりは人が死んだり不幸に遭ったりする話であるところの怪談を、こうして楽しんで(しまって)いる自分って何だろう…という問いが生まれる。 その問いに対する答えはそれこそ人それぞれだと思うが、本書に登場するある人物の言葉が示唆的だ。 人間は、この手の話を誰かに語ることでー (p.283より)
  • イツキ
    イツキ
    @maruitsuki
    2026年8月10日
  • 太郎
    @drinkholder
    2026年7月27日
  • グミチャン
    グミチャン
    @gumicyan
    2026年7月16日
    前借りて読んだけど、面白かったし書き下ろしもあるから買った。「ノンフィクション」怖いよ。ホラーでよくある、読者を否応なしに加担者にするの嫌いなんだけど(それの行き着く先は痩せ細っていくだろうと思うので)これは「加担者になるかならないかは自分自身で決められますよ」と言われているような気がする
  • misuchank
    @suto526
    2026年7月14日
  • うどん
    うどん
    @ezm4sy
    2026年7月13日
    ビブリアでバーコードスキャンすると謎の楽譜が一緒にヒットするのが一番怖い。新潮社との経緯は知らなかったからシンプルにびっくりした。実在の出版社の名前出しちゃっていいの?と思ったらそういうことか…。 ホラー短編集としては完成度高かったわね。「笛を吹く家」「うらみせんせい」あたりのオチはなかなかいい。毎回じゃないのがミソ。基本的な構造が全部近いのは気になったけど、現代ホラーという様式美とも言えるのかも。
  • べり
    @dondondone
    2026年7月12日
    ホラーの短編集。どれも「嫌だ……」となるようなお話で恐ろしい。 「高速怪談」「こうとげい」「怪談怪談」が特に好き。オカルトっぽい話が好きなんだと思う。 書き下ろしである「ノンフィクション」はいろんな意味で迫力があった。 澤村先生の書く「一見相手を気遣ったり優しくしているように見えてものすごく見下している人」の描写は本当に生々しくて怖い。
  • 澤村伊智さんは自分にとって「知ってるし読んでみたいけど実際手を伸ばしたことのない作家」という領域に属していた。 読書欲は無限と言っていいほどあるのに、時間は悲しいくらいに有限なので、この領域に属する作家は増える一方、きっとこれからも増え続けるのだろう。 * 本書は角川ホラー文庫から2026/6/26刊行のもので、奥付の隣頁には "本書は、二〇二五年六月に新潮文庫より刊行された作品に書き下ろし「ノンフィクション」を加えたものです。" という記載がある。 新潮社から角川へ版権を移した経緯について、澤村伊智さんは本人のX(2026/2/5の投稿)で詳しく説明をしている。 また、本書の「二次文庫版あとがき、或いは田舎のおじいさんたち」という文章にも "大まかに言えば、「新潮社が自社媒体に民族差別的な記事を掲載し、抗議をした被害者の一人に会社組織として極めて不誠実な対応をし続けているから」である。" と記されている。 自分はその、新潮社の記事の話はニュース等見聞きして知っていたので(知りたくなかったけど)、 今日、書店で本書を見かけた時に 「今こそ、澤村伊智という作家に手を伸ばす絶好の機会なのでは…⁉︎」 と思った。 このようにして意思表示をする作家がいる。 『BUTTER』の版権を新潮社から河出書房新社に移したことがニュースになっていた柚木麻子さんがその好例なのだろう。 その作家の意思表示に対して、版権を移した先の新しい文庫版を買って読む、という行動は読者ができるささやかな「連帯」だと思う。 (その「連帯」に、新潮社から出ている作品とその作者を貶める意図はない。作家にはそれぞれの事情があろうし作品の価値も変わらない。自分も新潮文庫で好きな本いっぱいあるし。) * 世の中全体が良くない方向に進んでいるなあ…と、どうしようもなく暗い気持ちになることが最近多い。 自分にできることなんて何もないんじゃないか、だって選挙に行ったって何も変わらなかったじゃないか(それどころか前回の選挙でより良くない方向に進んだじゃないか)と無力感に苛まれ、投げやりにもなる。 でも、できることというのは何も選挙に行くことだけではないのだ。意思表示をすること。意思表示をした人に連帯すること。できることはある。 どの本を買うか、という選択は立派な意思表示であり連帯なのだ。「そんなことで大げさな」と嗤われてしまうような、そんなささやかな選択を少しずつ重ねていきたいなと思う。 * …で、それはそれとして、この怪談小説、読むのがすごく楽しみ。
  • わこ
    @wako_54
    2026年7月8日
  • yomitaos
    yomitaos
    @chsy7188
    2026年6月29日
  • 愛奈
    愛奈
    @mf04mf
    2026年6月25日
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