積読山脈 "やさしいがつづかない" 2026年8月1日

やさしいがつづかない
やさしいがつづかない、というのは当たり前の事象として認識しているが、それを分解して具体的な要素や要因として見せてくれる良書である。 そもそも、やさしいはつづかないことが当然なのだ。そして、やさしいとは性格や気持ちの問題ではなく行動の問題であるため、自分を責める必要もなければいつでも変化させられる。 一番印象的だったのは本書が定義する「やさしい」の定義。 1. コントロール権を手放し、相手に委ねること 2. その結果起こることの責任は引き受けること 特にふたつめ。その人の今後に全く責任を負わないからこそやさしくなれる、というのは2がないからだと強く思った。見知らぬ人との会話だからこそ開示できる自己があったり、二度と合わないだろう人との会話が心地好かったりするのもそのせいだろう。 貸し借りや義務、責任が入り込むと1も2も成立しなくなる。本書では人間関係を四つに分類できるとし、やさしさが続く人間関係は“共同的分かち合い”という。何でも分かち合い相手をコントロールしない関係のことである。他は、上下の権力勾配が存在する“権威ランクづけ”、相手との対等さを維持しようとし少数のフリーライドを許さない“平等マッチング”、相手の社会的・経済的価値によって評価がなされる“市場価値づけ”である。 もういくつか覚えておきたいことは、「悪意とは、たとえ自分が損をしてでも、相手のコントロール権を奪い、損害を与えること」という特徴づけ。 そして、自分の中で悪意が首をもたげたときに自分を客観視し、余力を育む土壌を耕すこと。余力の土壌がなければやさしいを実行できないこと。
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