
鈍獣
@whale_in_da_room
2026年8月28日
京都の平熱ーー哲学者の都市案内
鷲田清一
読んでる
他所から京都に移り住んでいた身として、そのとおりとしか言いようのない文章
“ 都市は施政者のものではない。所有するのは施政者かもしれないが、同じ場所でずっと生きつないでゆくのは、民である。施政者が民の家並みを押しのけて路を整備し、邸宅や伽藍を作り、民は別の隙間を見つけてでもそこに居続ける。仕事があるからだ。仕事にしがみつくためだ。一所懸命働いているうちに、つてもできてくる。都市に出稼ぎに来てそのまま住み着いた者のつてはもはや血縁ではない。郷からも都市の支配層からも押しのけられた者たちの相互扶助のネットワークである。それを護るために、ときに内に閉じてしまうこともあるネットワークである。ネットワークに入れるまでは「一見さんお断り」の風習である。けれども仲間の紹介があれば、一見さんでも深く受け容れる風習である。友だちが一人いれば細部まで入ってゆける街、それが京都だ。”
