
しんどうこころ
@and_gt_pf
2026年8月28日
岬
中上健次
読み終わった
中上健次の代表作『岬』を中心に『火宅』『黄金比の朝』『浄徳寺ツアー』と全四遍の短編を収録。
四篇を通して、「血」というひとつの主題を、これほどまで色彩豊かな作品を描けるものなのかと驚いた。
血は、逃れられない宿命として流れ、親から子へ流れ、他者と自己との境界を曖昧にし、そして生命から生命へと流れていく。
⚫︎黄金比の朝
兄という存在を通して、自分とは異なる人間を理解する。いや、理解という言葉も少し違う。許容でも同化でもない。「こういう人もいる」と、他者を他者のまま世界に配置する。淡々と、そして静かな認識の変化が美しく清々しい。
⚫︎火宅
一転して、荒々しい。父と子、過去と現在、「男」と「彼」の境界が曖昧になる。読みながら何度も迷子になった。しかし、読み終えてみれば、その境界の曖昧さそのものが父と子との重なりを描いていたように思う。自分の外にいるはずの父が、血によって自分の内にいる。
四篇の中でもっとも印象的で、文学的に魅力を感じたのは本作である。
⚫︎浄徳寺ツアー
誕生と死、性と生と死、親と子、輪廻。そして生きる意味。目的のわからない生のエネルギー。それらすべてが奇妙なバランスで共存する、不思議な時間があった。
とりわけ心に残ったのは月経の血が暗喩的に描かれている点。男はその血を制御できない。そして生理現象である流血は制御できない。ただ流れる。
しかも、それが流れるのは寺である。
供養という死の空間に、性と生に属する血が流れる。
この配置には震えた。
人間は血に意味を与え、家族をつくり、死者を供養する。しかし血そのものは、そんな意味とは無関係に流れているのかもしれない。生まれ、欲し、交わり、死ぬ。なぜ生命がそうするのか、その目的などわからない。それでも生のエネルギーは流れ続ける。
⚫︎岬
血族。泥臭い。汗臭い。The中上健次といった作風であろう。夏に読んだのも相まって、幼少期に感じた田舎の懐かしい匂いがした。
血族という閉じた世界。他者の介入による解決はない。ありきたりな言葉で終わらせたくはないが、文字通り逃れられない。「あの人にはもう会わないことにする」ということができない。血族との呪縛を含めて「自分」なのだと突きつけられる。
中上健次は全編通して泥臭く、血と土地と家族を書く作家なのだと思っていた。
もちろんそうなのだろう。しかし、その血を辿っていくと、自己と他者、生と死、性、時間、生命そのものへと行き着く。
思っていた以上に、ずっと深く、ずっと幅がある。
中上健次、もっと読みたい。








