
ふるえ
@furu_furu
2026年8月30日

パパ・ユーア クレイジー
ウィリアム・サローヤン,
伊丹十三
読んでる
父と子の大事な時間を見ているようで、読み進めるごとに胸がぐっとなって苦しいのか、嬉しいのかよくわからない。
"「世界を理解する力さ」
「あなたはいつそれを見つけたの?」
「私が本当にそれを見つけたのは私が十二の時さ。でもね、私は最初から、多分、それが見つかるはずだと見当はつけていた。そして、或るものが見つかるはずだと思い続けることは、実際に見つけることとほとんど同じくらいにいいものなんだ。完全に同じくらい、とはいえないにしてもね。そのためには非常に辛抱強くなくちゃいけない。探し続けなくちゃならない。なにもかも混乱してどんどん判りにくくなっていってもね。でも、一度発見してしまえばもうーーそれはもうお前のものなんだ。お前はそれをどんなに素晴しい使い方で使おうとしたっていいんだ。どんなに素晴しくでも使うことができるんだ」"
ウィリアム・サローヤン『パパ・ユーア クレイジー』(微花)訳:伊丹一三p.58
