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@bunkobonsuki
2026年8月31日
いつもの言葉を哲学する
古田徹也
『いつもの言葉を哲学する』は、言葉がどれだけ身近なものか教えてくれる。義務教育では国語や英語、古典といった科目で文法を学ぶけれど、本書では文法から外れた言葉遣いを発見し、肯定する。
本書の中にこんなエピソードがある。
ある時、著者の子どもが「三角いね」と言った。
「丸い」「四角い」と同様に、「三角い」という言い方をしたのである。
これに対して「おかしい」とは言えない。
むしろ、とても筋の通った用法であろう。我々が「三角い」に違和感を覚えるのは、三角の物体に触れる機会が少ないからであり、逆に丸や四角の物体は触れる機会が多いから「〜い」と言えるのだ。
日常でよく使う言葉は略称が定着する。シャーペンをシャープペンシルと言う人は少数派だろう。
接触回数の多少は語彙に大きな影響を及ぼす。
もしも将来三角のデバイスが登場すれば、「三角い」も日常的な語彙として運用されるはずだ。
子どもは言葉を間違えたのではなく、未来を予言していたのかもしれない。

