はな "虎のたましい人魚の涙" 2026年8月29日

はな
はな
@hana-hitsuji05
2026年8月29日
虎のたましい人魚の涙
「でもいま忘れないって思っているわたしは「一日も忘れたことがない人たち」のことを見て見ぬふりしているのではないか」 「被災地の物語やドキュメンタリーに涙を流すとき、わたしは自分のその涙が本当にきらいだ。どうしたって、自分のこの涙のことを、他者への祈りだとは思えないのだ」 本当に忘れられないことは、忘れないって心に留めておこうとすることさえない気がする。 あんなに胸を痛めたことを時々は忘れていたんだと気づく時、自分のことを本当に薄情だなと思うことが確かにある。 「自信を持って言える好きなものはないのに、自信を持って言えるきらいなものはたくさんある目つきのわるい小学生だった」 好きとか嫌いとかはハッキリとわかるタイプだったけど、それを説明するのが難しかった。これだ!と思う言葉や表現を口にした途端、書いた途端、あああーこれじゃない、ズレ始めた…!と思う。 これは著者が言ってる「今」の感覚と近い気がする。今、こう思っていることは真実なはずなんだけど、言葉にしたらそれはもう過去で、その時の本当の気持ちとは時差とか地軸のズレみたいなものが生じてくるのを誤魔化せない。 「母よ。わたしはあなたの知らないところで、キートン山田と同棲していたと言っても過言ではないのだ」 この本を読んでいて、夜中に深々と降る雪の中にいるみたな気持ちになることが多かったんだけど、この部分だけ声出して笑った。 頭の中にナレーターいるの、すごくいいな。そういえば私の脳内ナレーターは森本レオだった遠い過去を突然思い出して、クツクツと笑いが込み上げている。 「自分が「聞いてほしい」と思っているから、傷跡のある他人にもすぐにその傷の理由を聞いてしまう」 「うっかり尋ねた傷の理由がその人にとって致命的で、とても重くて深い、かんたんに開けてはいけない箱の中の出来事と紐づいていることだってある。それでも、である」 「ただでさえ物理的に傷ができて大なり小なりこころがめそめそしているはずなのに、その傷までだれかと比べて遠慮しなくていいのに」 こういう、まだ致命傷を経験したことのないような人を、場合によっては敬遠してしまいそう。でも自分の歴史がゴリ浅の若い時は、こういう無垢な無神経さがあったように思う。私はあなたになんでも話せるよ?話してよ!みたいな。そのくせ、ずっと永遠に声が枯れるまで聞いて欲しかったんだよな。 「ああ、わたしはいい加減なんでも比喩だと思うな。苗を植え、実ればそれでいいのだから」 田植えも、旅も、本を読むことも、眠ることも、全部比喩だな。 「何になりたいのかわからず、それなのにひたすら「負けてたまるか」と思っていた」 「どんな会話をしたのかは覚えていない。いっぱいいっぱいだったのだ。好きになってはいけない、と、まだ思っていた。 以前はとにかく生きることは戦いな気がしていた。油断してると四方八方から心無い言葉を刺される気がしていて、常に研ぎ澄まされていたし、それを維持していたけど、最近はどうだろう。シンプルに気を張り続ける体力が減った気がするし、その刃を持つ手の持ち主について目を向けたり、背けたり。 なんであんなにバカにされたくないと鎧を身につけていたのか。好きになってしまいそうな人こそ、自分の気持ちを抑えていたのか。 「ごめんね。ぼくはともだちがほしいんだ」 この気持ちもすごくよくわかる。 このシチュエーションなら、恋ということでしょ、そう思う気持ちもわかる。 「ももちゃんのは恋じゃないじゃん」 「でも、恋じゃないといかんのかね」 あの頃の恋は病気みたいだったと振り返る。きっとこの人しかいなくて、自分には不可欠なものだとその時は確信していたけれど、物事は移り変わっていくし、自分の意思の力でそれを維持し続けられることもそんなにないと思った。良くても良くなくても、星の軌道みたいに遠ざかることは ままある。 女はみな正気じゃないと歌う、ちゃんみなのことも思い出した。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved