
積読山脈
@book_mountain
2026年8月31日
読み終わった
ちゃんと難しい。
人間は忘却機能を備えているからこそ、そもそも完全な読書というものは成しえないし、本をしっかり全て読まなければその本について語る資格はないという考えは高慢である。このあたりが、私の受け取った驚きであり、新たな視点だった。
情報氾濫社会だからこそ、自身の興味関心を社会から一旦切り離していつでも読める状態にしておく積読は後ろめたいことではない。適宜更新していくのがよい。本からすれば読まれるにしろ積まれるにしろ、本の持つ情報提供機能と記録保持機能は役割を果たしている。というあたりも積読を躊躇わなくてもよい心持ちを後押ししてくれる。
自分の生活を振り返れば、確かに私の時間は情報の氾濫に押し流されているときもある。SNSに加え、家事をやるときにも決まって耳は飽きさせないようにと何かを流す。所謂ファスト思考に負けている、思考力を落とす時間だ。物理的には大したことをやっていないはずなのに、眼球から額にかけて不快な熱があり、確かに疲労している。一方で、読書をしているときは、文章を目で追いながら頭で情景を想像したり主張を噛み砕いて比較したりしているが、不快な疲労はあまりしない。却って落ち着くと言ってもよい。
思考の有無や脳を通過する情報量の差異が齎す違いだろうか。


