プールに降る雨 "オリエンタリズム" 2026年9月1日

オリエンタリズム
オリエンタリズム
エドワード・W.サイード,
今沢紀子
単行本が重かったので後半から文庫に。 作家から政治家、学者、探検家まで西洋のオリエンタリストたちがオリエント(東洋)世界をいかに記述してきたのか、古代ギリシャの時代から歴史に沿って多種多様な文献を引用しながらつづられる。サイードが一貫して批判し続けるオリエンタリズムとは、西洋が東洋とのあいだに境界線を引き、見る側/見られる側という一方的な構図をつくりあげ、他方の声を聞くことなく劣った存在として都合よく描き、19世紀以降の帝国主義と結びついてからは植民地化を正当化する言説となった様式のこと。 他者を特定の属性に基づいて一括りにして類型化すること、対話を放棄して相手の声を奪い非人間化すること、これらはあらゆる差別の背景にある構図であり、『オリエンタリズム』が構造化した問題はけっして過去のものではなく、現在のグローバル社会においてもアクチュアルで身近な問題といえる。海の向こうのパレスチナ問題はもちろんのこと、日本でも特定の国籍・宗教・ジェンダーに対する差別は日常的に見られ、例を挙げればきりがない。9月1日の今日でいえば関東大震災で起きた虐殺事件も帝国主義的精神を内面化した日本人の手によるものだったのではないか。 従来のオリエンタリズムという言葉の意味を変え、西洋社会の態度を告発し、問題提起した原著は、いまや古典であり間違いなく重要な書籍といえるだろう。近所の図書館では書庫行きになってしまっている日本語版だが、いまにつながる歴史を大局的な視点から描ききった本書はまだまだ読み継がれるべきではないかと感じた。 最後に蛇足&重箱の隅だが、サイードも「やっちゃってる」箇所を見つけたのでつついておく。1970年にイギリスで出版された『ケンブリッジ・イスラム史』という書籍をイスラム史として「失敗作」であると批判する文脈でサイードは以下のように述べている。前後の流れを多めに取って引用する。 “中心的なイスラム領土とは北アフリカとアンダルシアを除くものと定義されており、その部分の歴史に関するかぎり、それは過去から現代までの整然たる歩みとなっている。つまり、第一巻では、イスラムとは、専門家の都合の良いように年代順に選択的に適用された地理的呼称なのである。しかし、いわゆる「近現代」の章まで読みすすめてきたとき、我々を待ちうけている失望は、古典イスラムに関する章を読んでいるかぎり、どこからも予測しえないものである。現代アラブ諸国に関する一章などは、この地域の革命的発展をまったく理解せずに執筆されている。筆者は、アラブに対し、女教師的な、あからさまに反動的な態度をとり(「この時期にはアラブ諸国の若者たちは、教育の有無にかかわらず、その情熱と理想主義のために、政治的に利用される温床となり、しばしば無自覚のうちに無法な過激派やアジテーターの道具になっていたといわねばならない」)、レバノンのナショナリズムへの讃美が申しわけのようについていたりする(もっとも、三○年代にファシズムが少数のアラブを夢中にさせ、それがレバノンのマロン派キリスト教徒にも感染して、一九三六年にムッソリーニの黒シャツ党をまねたファランジュ・リバネーズがつくられた事実には一言もふれられていない)。” 下巻p.233 要するに、『ケンブリッジ・イスラム史』の筆者は、オリエンタリズム的な視点から、現代のアラブ諸国で起きた改革的な動きを無視して、アラブ諸国は保守的であり続けたかのように記述しているといっているのだが、「反動的な態度」を形容するために「女教師的な」という余計な言葉を入れている。これが誤訳でなければ、サイードにとって女教師は保守的な存在の代名詞だったということになる。といっても、後世の優越的な立場から不用意な発言をあげつらい、揚げ足を取るのが目的ではない。このように、その時代に支配的な「言説」から自由になることは困難であり、知らず知らずのうちに内面化した偏見を無意識の裂け目からうっかり覗かせてしまうことは誰にでも起こりうるということをいいたかった。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved