
じょるじゅ。
@kameupaupa
2026年9月1日
人新世の「黙示録」
斎藤幸平
読み終わった
8月中に読み終えたかったのですが、途中、『ドグラ・マグラ』に夢中になってしまい、予定より1日遅れでの読了となりました。
前作の内容では既に手遅れであるという危機感から、新たに書かれた本著。前著以上に、斎藤先生の逼迫した思いが伝わってきました。
私も概ね、斎藤先生の掲げる「暗黒社会主義」的なところに落ち着かない限り、人類が地球上で生存していくのは難しいだろうな、と感じています。
昨今、アルテミス計画などを筆頭に宇宙開発が盛んになっておりますが、そこにイーロン・マスク氏が大きく絡んでいるというのが全てというか……宇宙の起源云々はおまけのようなもので、地球に未来はないから火星への移住を考え始めている富裕層がいるのは間違いない訳ですよね。
開発がうまくいけば自分たち“選ばれし者”は助かるし、そもそも開発自体がお金を産む訳ですから、こんなに美味しい話はないです。
それでも斎藤先生のお話は、非現実的に思われる方も少なくないと思います。なぜだろうと考えたときに、以下の理由が浮かびました。
① 資本主義に夢が残っている(ように感じる)
② 贅沢をやめられない
③ 気候変動や環境活動家に良い印象がない
④ 主張する気がない
①は、「たくさん働けば、良い職種に就けば、うまいこと儲かるのではないか?」という幻想が、今も根強く残っているからではないかな、と思いました。幻想というか、「世の中はそういうものだ」とインプットされてしまっている感じでしょうか。
②は、ブランド品や高級車などが現在もある程度売れていることからもわかる気がします。ブランドって、ブランド自体がもつ優越感なども含めて買ってるんですよね。太古の昔より豪族が自身の立場を知らしめるために装飾品をつけていたように、贅沢をすることは人として逃れられない本能の一部なのだと思います。
③は、日本で報道される環境活動家の方々が、失礼を承知で申し上げると、ちょっと非常識というか、礼儀がなっていないというか……日本人の場合、そういった振る舞いをする人の話に耳を傾ける人は多くないと思います(かく言う私もそうなので…)
そして一番大きな理由かな、と思っているのが④です。何より私自身がそうなのですが、「きっと国がなんとかしてくれる」と人(というか国や自治体)任せにしてしまい、自分で動こうという人が少ないので、いろんなところでいろんなものに文句は言えど、己の意思表明を伴う“行動”はしないというか……まぁ、選挙率が軒並み3割以下の国ですからね。残りの7割は「お上の仰せのままに」ってことですもんね。
本著を拝読し、一番考えされられたのが「自分がどのように行動を起こすか」というところでした。
一度波が起きればなんとかなりそうな気もするのですが、その波を起こすための行動が大変なんですよね……かくいう自分もきっと何もしないんだろうな…と既に後ろ向きです。これが本当にいけないんですけども。
未来にもう希望はない。選べるのは絶望の度合いだけ。
その度合いは、私たちの行動次第だと喉元に刀を突きつけられる著書でした。