
サブレとポッポの往復書簡
@snowflake
2026年9月2日
世界99 上
村田沙耶香
読み終わった
感想
読書日記
@ 自宅
上巻読了。
以下、ネタバレありです。注意。
人が自分自身、世界の中で生きていくために、自然と複数の人格を使い分けていることは、この物語の中ではそれぞれ独立した一つ一つの『世界』として位置付けられています。
私もこの設定については、作中にも出て来ますが、ユングの心理学でも提唱されている『ペルソナ』の概念が、そのまま当てはまると考えています。
この小説の主人公の空子は、自分が生きている世界の中で、唯一無二の存在としての『自分』をはっきりと自覚しないまま、いかに上手に生き延びるためにと、複数の人格を関わる他者からトレースし続けることで、状況や場面に応じたペルソナを作り続けることで、幼少期から生き続けてきたという事実があります。
しかし、空っぽと自称する空子にも、実は空子そのものといえる人格、本人そのものといえる世界は存在していて、それが、適応するためのペルソナ全てを俯瞰で見つめる自分自身、即ち99番目の世界ということが、前編の後半で明かされます。
自分自身が生き延びるために、複数の人格、ペルソナを『世界』として作り上げながら、一方で、人間にとって都合のよい存在、スケープゴートとして位置付けられたのが、架空の愛玩動物『ピョコルン』です。
見えないところでは、都合の悪い事情を全て押し付けられる存在として描かれながら、否定しようのない『可愛さ』という絶対的な庇護価値のもとに、存在意義を正当化されたこのピョコルンが、人間の欲望やエゴのもとに進化し、しかしその進化の源となった研究者の意図、そして、ピョコルンの実態を知ってなお、人間を捨て、ピョコルンになることを望む人間が存在するということ。
ここまでで、相当にディストピアな世界観を醸し出してきていますが、まだ半分なんですよね。
世界99を自覚した空子がこれからどのような生き方をするのか、既におぞましさでしかなくなったピョコルンの先に、更に見せつけられる世界とはいったいどんなものなのか…
下巻の結末が、今から恐ろしくなります。
