ふかふかページふかふか "犬のかたちをしているもの (..." 2026年9月3日

犬のかたちをしているもの (集英社文庫)
人から勧められて。 高瀬隼子を読むのは「おいしいごはんが食べられますように」に引き続き2冊目。 面白かった。 「おいしいごはんが〜」にもあった、人間関係や心理の微妙なひだ(痛い、苦い、あまり見たくない、妙に苦しい)をすくって描くのが上手で、ちりちりしながら目が離せない。 文も簡潔ですらすら読める。 著者は1988年愛媛県生まれ。本作でのデビューは2019年。 主人公の「わたし」も四国生まれ。歳の頃もそう変わらない。 おそらく、作家の経験した地方・東京の違いや、恋愛・性愛・妊娠出産・子どもを「もつ」ことへの考えが主人公に色濃く反映されている。 それがひとつひとつこちらの共感を引っ張り出す。 彼氏がした、恋愛感情のない浮気でできた子どもを、浮気相手の女性が主人公にもらってほしいと告げるところから物語が動き始める。 解説にもある通りかなり突飛な「非常識とも思える提案」(p.147)で、主人公もドトールの隣席客にSNSに書きこみされているかもしれない、と妄想してしまうくらい。 自分も妄想SNSレスポンスのように、「いやいやありえないでしょ、知らない女の産んだ子ども育てるとか」(p.18)と思った。 端的に言ってしまえば、男、メソってんじゃねえ!相手、わけわからん提案すな!である。 ところが、このわけのわからない状況が、主人公の停まっていた状況をじんわり動かして、「これまで考えすぎるほど考えてきたつもりなんだけど、振り返ってみると全然、目の前に置かれた課題の方がまだ全然、多い。考えたり、決断したり、結構、してきたつもりだったのに。」(p.108)と思わせる。 自分もそれなりに見たり見ようとしなかったりしたことを主人公を鏡に考えざるを得ない。 ミナシロさん(基本的にカタカナで書かれる。異星人のような、非人間的な雰囲気を出そうとしているように感じた)は最後に、やっぱり自分で育てようと思うとのたまる。 びっくりである。 主人公のこの数ヶ月はなんだったのか。 主人公は郁也がいないと生きていけないほどに好きで、でも病気で妊娠が難しいかもしれず、性交渉もどこか冷めている。郁也は主人公のことが好きで、そういうところも受け入れていて、でも子どもは欲しい。 生じてしまったねじれを、しかしどうすることもできない……? 「何をよすがに、何のために、何を言い聞かせてきれば、まるで自分のために生きているみたいに、息ができるんだろう。」(p.145) 子どもができれば、彼は喜ぶ。 子どもができれば、両親は喜ぶ。 では主人公自身は……? また、作者の狙いだとは思うが、初めての子で想像力が及ばないだろうとはいえ、子どものことを誰も人格ある人間として考えてないのがなかなかに怖かった。 今は胎児でも、成長するんだよ……?両親と自分の関係をどう説明するの……?と思った。 あえてなのかどうか、「心(こころ)」(※男児である)と相談なしに決めて、そして勝手に役所に届けを出したミナシロさんも凄かった。 文庫版で読んだのだが、表紙の白い犬の表情を断ち切っているのがすごい。 1枚めくるとかつて主人公に向けていたであろううるうるした黒い瞳が覗くのだが、表紙だけでは「犬のかたちをし」たものが何を秘めているのかはわからない。 背景も黒く、闇の中のふわふわは、我々に少し見えないところで、ずっと主人公を見つめている。
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