
jaguchi
@jaguchi87
2026年9月4日
テヘランでロリータを読む
アーザル・ナフィーシー,
市川恵里
読み終わった
ロリータは扱いの難しい作品だ。私も自分の感想をまだ上手く整理しきれていないけれど、「知的男性の人生が移り気な女に台なしにされる」p.120 という男性教授の見解には、あれを読んでさすがにその発想はなかった、と唖然とした。だからこそ、テヘランで女性たちがロリータについて語り合うことが大きな意味をもつ。
イラン革命。「アメリカに死を!」と教室の外のスピーカーがくり返す。
グレート・ギャツビーは不道徳で頽廃的な悪であり、講義で取り上げるべきではない、と主張する学生を検察官に据え、作品を被告として模擬裁判を開くエピソードが圧巻。泣きたいくらいに文学の力を感じる。
・私たちは何らかの美を渇望していた。不可解で、過度に知的で、抽象的な映画、字幕もなく、検閲でずたずたにされた映画の中の美でもかまわなかった。(……)デモでも抗議集会でも配給の列でも公開処刑の場でもない場所にいるということに、感動と驚きをおぼえた。p.337
・複雑なものや規則からはずれたものを読み解く能力も、理解する能力もなく、そのうえ仲間の裏切りにも腹を立てた官僚たちは、現実世界に対するように、フィクションにも自分たちの単純な原則を押しつけるしかなかった。自分たちの白黒の世界に合わせて現実の色彩を検閲し削除するように、フィクションの中にあるいかなる内面性も検閲した。p.450








