
いっちー
@icchii317
2026年9月4日

たすかる料理
按田優子,
鈴木陽介
半分読んだ
置いてあった
@ 本の読める店fuzkue 下北沢
fuzkue下北沢に置いてあった。というか平日の夕方なのにめっちゃ混んでる。たぶん満員。すごい。
目次をパラパラみてて、普通の料理本かなと思ったら全然違った。自炊についての頁がすごかった。料理ひとつとってもこんなに哲学が出るのか。面白いな〜。
好きな蒸し料理研究家の方も、蒸すだけ蒸して、冷蔵庫に入れておいて、食べるときに味付けすれば良いという発想で、似ている。この本の作者の場合は、貧乏生活や離婚、さらにペルーでのお仕事(冷蔵庫いらずのレシピ、という本きっかけの仕事)を経て、「ふつうの生活」というものを脱構築するきっかけがあったのだと思う。
一汁一菜にしろ、毎日台所に立って、献立を考えて、というようなものは、もちろん美味しいし楽しい人もたくさんいるだろうけど、そのことが「家庭的なわたし」を生み出していたり、さらにはそれができないことを「ずぼら」だとか「生活力がない」とか思ってしまうのなら、それは本当に意味がないというか、この本を読んでさっさとぶっ壊してしまえば良い。
そのときに食べたいと思ったものを食べられるようにしたいという考えは、共感するけど、常備菜ありきでもできるよなとは思う。スーパーで食べたいと思った野菜を、食べるときにそのとき食べたいレシピを探してつくる。レシピの力を借りて、全く知らない味に辿り着くのが今は楽しい。逆に桉田さんのやり方では、結局日本の食卓の記憶の蓄積からしか生まれないのでは、とは思う。
まあ、人には人の楽さがあるということだ。自分のスタイルを確立すればよい。私もよく1人で暮らしていたときにたくさん作っておいて、まだいけるかどうか、ひりつきながら食べてたけど、最近の常備菜を用意しておくやり方でも結局ひりついている。料理にカビが生えるか、料理にカビが生えるかの違いだけだ。桉田さんはちゃんと塩や酢で日持ちさせるようにしているから、素材を先に調理しておくという方法なのだろうな。そしてその先に冷蔵庫のいらない暮らしがあるのだろう。
最近は結局作りたてが、クリエイティブ力への感動も相まって、いちばん美味しいなと思ってそうしている。でも煮卵はめっちゃ作ってるから、この本に載ってるチャチャロンの卵バージョンかもしれない。桉田さんが豚肉に絶大な信頼をおいているのであれば、私は卵だな。
でも、最近はプロパンガスのガス代が怖くて全然やってないけど、中華鍋と蒸籠が最小公倍数なのかもしれない。私はまだレシピに依存しまくってるけど、いつか蒸籠を迎えてこういう料理の仕方をやってみたい。豆とかもっと食べたい、納豆しか食べとらん。
というか冷蔵庫ない方が電気代浮くか。「桉田餃子を生活のヒントにした女性」すごい。人生変わっとる。
推薦図書にピダハンあるの笑う。さすがすぎるし私もこういう本大好きだし、脱構築好き勢にとってのバイブルとなり得る本ですよね。
コラムの「どんな体でありたいか、どんな風に生きたいか」はなんだか泣けてくる。みんな自分の理想を自分の言葉で紡ぎ、実践していれば、それだけで幸せだろうと思う。

