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@bunkobonsuki
2026年9月4日
水曜日は働かない
宇野常寛
批評家・宇野常寛が「水曜日」に焦点を当てながら、日常について考えるエッセイ。
著者の本は作品・社会批評がメインのため、話の規模が国・世界単位であることが多いのだが、本書に関しては身近な事柄を題材にしている。
趣味や失敗談など著者の日常を書いており、ほのぼの(?)とした雰囲気がある(第二部は批評の箇所なので厳かになるけど)。
本書の後半で語られる「現代において『読む』と『書く』の比率が逆転している」という主張は、SNSの言論空間を見る上で腑に落ちた。
私も、読書をする(読む)前に掲示板で二次創作(書く)をしていた。ではそれで書き手の視点から作品を眺められるかというと、そういうわけではない。
「読む」も「書く」も、自覚と責任がなければほとんど空疎な力しか手にできない。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
スパイダー・マン(サムライミ版)にはこういう台詞が出てくる。スパイダー・マンに向けられた台詞だが、これを体現している人物がもう一人いる。
JJJという新聞社の編集長である。
彼はスパイダー・マンに詳しく、新聞でスパイダー・マンを貶す一方、自分に情報提供してきた者(それこそがスパイダー・マンこそピーター・パーカーである)を敵から守ったりする。
書くという力で意見を知らしめ、その力によって降りかかった災いを前にしてなお人を守る。
現代で参考にするべきは、スパイダー・マンよりJJJなのかも・・・・・・?
