碧星宮アイオ "砂の器 下" 2026年9月4日

砂の器 下
砂の器 下
松本清張
読了。 「ちいかわ人魚編に似てる」に妙に納得がいった。犯人と共犯がいるところ、犯人に(一応)酌量すべき事情があるところ、「音・音楽」が核になるところはたしかに似てると思う。ただこっちの下手人たちはとにかく後ろ暗く薄汚いし、犯人と共犯の間に綺麗な絆はない。(他の命を犠牲にしても、二人で変わらずに生きたいという愛情が「綺麗」かどうかは別として) 解説の人と同じミスリードにまんまと引っかかったけど、とにかく今西刑事と共に紆余曲折した末の真犯人判明なので、むしろさすが巨匠だ…という感銘を受けた。関川がどうしようもない小物クズなのには変わりなかったし。 こいつらが破壊したのは「既存のモラル」ではなく、「不変にして普遍の人間性」だったと思う。 子供と女性に対する赦し難い罪が描かれるため、今さらだけど、苦手な人は読むのやめた方がいい気がする。 この国のハンセン病に対する政策と世の中の差別は無論間違っていたが、私はこちらの犯人には一切同情できなかった。世間が犯人とその家族にしたことと同じどころか、それ以上の悪行をやったのだし。 二人とも檻に入れられて、刑期が晴れようが世間が赦そうが、罪悪感という暗い水底に永遠に沈んでろと思った。心身を殺されるほどの差別を体感していない人間の綺麗事かもしれないが。 ラスト、今西刑事の優しさがかえって残酷に映る場面もちいかわ人魚編に似てたかもしれない。読み終わってしばらくしてから、あのアナウンスが「この名前の人間がこの世に存在しなくなったこと」、「出世の道は断たれ、日の当たる社会のレールにすら戻れないということ」を象徴しているのに気づいた。 そして最後の一文で、彼らが高慢と虚勢と罪の上に必死で築いてきたものが全否定され、まさに砂の器のように崩れ去ったのだなという悲しい美しさがあった。胸の何処かで「ざまぁ」と思う私の、彼らと同じ薄汚さが含まれていたかもしれないが……。
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