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2026年9月7日

愛と人生
滝口悠生
「うーん、と美保純はまた寅の肩に体を預け、腕を絡ませた。……ねえ、愛ってなんだと思う?
寅は、美保純の体を引き寄せも押しやりもせず、ただくっつくに任せて海を見ながら、お前もつまんないこと訊くね、と言った。そんなもん簡単じゃないか。いい女がいるだろ。その女を見て、ああ、あの人を自分は大事にしたいな、とこう思う。これが愛なんじゃないか?
美保純は自分もそういう、誰かを大事にしたいと思う気持ちでいっぱいになって、それは誰かに自分がそう思われていることを知るよろこびにもきっとよく似ていて、その誰かなんて今は誰もいないことも関係なく、一瞬だけ今自分は幸せだと心から思え、顔も泣き出しそうな笑い出しそうな顔になって、寅の両肩に抱きつくように腕を回した。どうして寅さんにお嫁さん来ないんだろうね。」(p57)
「おじさん、人間は何のために生きてるのかな。
人間?と寅は訊き返し、お前もむずかしいこと訊くね、と言いながら駅の方を見た。
また旅がはじまるのだった。明日どこにいて、何をするか、何を思うか知れない毎日、それでいて過ぎてみれば何もかも全部すでに知っていて、明日も明後日も、全部同じみたいに思える毎日が。
毎日生きてるとさ、時々、ああ、生まれてきてよかったなあ、って思うことがあるじゃねえか。寅は満男の顔は見ず、これから向かう柴又駅のホームに目を向けたまま言った。そのために生きてるんじゃねえかな。」(p100-101)
愛と人生。

