
靜
@imadokokokodayo
2025年12月8日
国宝 上 青春篇
吉田修一
読み終わった
小説を第六章までしか読んでいない段階で映画を観に行き、それからまた映像を思い返しながら小説の続きを読むと双方から受ける印象の違いに酔いそうになる。どこを削り取り、どの面を磨き上げるかで同じ出来事を描写してもこうも受ける印象が違くなるのかと。映画は原作をまとめ上げて文字通り“血と汗と涙”の物語に昇華する手腕も演技の凄味も眠気が覚める瞬間の連続だったけど、根底は凪いでいて思いのほか熱狂には至らず。なんでだろうかと小説を読んでいて、割り切れない人間の感情が絡み合いながら一つの渦を作り上げていく熱が好きだからだと思う。
喜久雄は周囲の人々を大切に思っていたし、周囲の人々もみんな喜久雄を大切に思っているのに、なのにあのようにしか生きられない姿に短く悲鳴を上げて読み終える。何も突き詰めたことのない人間には縁のない幸福で、個人の幸福は誰もが納得出来るような形をしていないなと思う。それで良い。映画はまず徳次という稀有な存在を削り取ったところが良くないし、徹頭徹尾女性を意思のある人間として扱うことを拒絶する姿勢がなんやこらと思う。吉沢亮と横浜流星の演技も凄いなと思いつつ鼻白む気持ちがあったのは、多分何代にも渡って男たちで構成され維持されてきた歌舞伎世界に対する鼻白む思いが浮いてきてるんだろうなと思う。