
びお
@vi333
2026年9月8日

読み終わった
ずっと読んでみたかった本。
ビブリアで見たら昨年末に「読みたい」に追加されてた。
ずっと気になってた「そこになくていいもの」「いつか片付けようと思っていたもの」を今すぐ整理したくなった、、🧹🪞
食器も好きだけど、以前断捨離したものの使う頻度が少ないものもまだまだある、、ときめくお皿だけにしたい。料理も好きだから、毎日使っても飽きないような食器、少し高くても手に入れたいな🖐🏻🥣
_
「これでいいや」で選ばないこと。
「実は好きじゃない」を放置しないこと。
_
生活改善運動とは、、
p.10「自分にとっての心地よさ、快・不快を判別し、より幸なほうに向けて生活の諸側面を改善していい自主的で内発的な運動」
タオルやシーツ、ゴミ箱、セーター、靴、家具など具体的なモノから、住居や仕事、人間関係など様々なレベルで、自分にとっての幸せが何なのかを探り、幸せに生活していくための具体的な行動をとっていく。「これでいいや」で選ばないこと。「実は好きじゃない」を放置しないこと。
p.11生活を改善するということは、単にクオリティ・オブ・ライフを高めていくだけにはとどまらない。ある種の自己尊厳に関わるものであると気づき始めた。
p.18 「見ていて嬉しい気持ちにならないものを、なんで見えるところに置いているの?くつろげる場所って、自分がいちばん、暮らしていて大事な場所なんやないかなって」
p.112 ひとにとっては、料理なんてしなくていいといわれたほうが解放されるだろう。
私の場合は、自分でつくることが解放の道だった。それは自分でつくるなんて考えられないほど、時間の奴隷だったから。手をかけて料理をつくる時間は、私にとって自由の象徴だった。生きているという実感があった。自分の手でつくったものを口に運んだときのほっとした感覚。自分でしか癒せない部分があるかのように。そういうときは幸せだ。たとえ大したものをつくれなくても、簡単なパスタであっても、自分の手でつくったものを食べると、自分の手から出たエネルギーが食材にまわり、熱になって口から戻り、体のなかを循環するような気がする。静かに満たされる。
p.113 ゆっくりと流れる時間は、自由の象徴だった。
食は時間を食うと思っていたが、その考えかたこそが、私から時間を奪っていた。食は、与えることなのだ。自分に、生きた時間を。
p.213 幸せのほうへ行っていい。それには時間がかかるかもしれない。労力はめんどくさいかもしれない。だけど、タイルを一枚だけでも磨いていくように、手が触れた箇所だけでも拭いていくように、少しずつでも手を入れていけば、必ず生活は全体として変わる。
そんな生活が続いていき、やがて人生のトーンも変わっていく。
p.214 ひとつひとつ、やっていけばいい。自分が幸せに感じるその感覚を信じて、それ以外は箒で掃いて捨てて、ひとつずつ、ひとあし、ひと呼吸——。