
記憶の本棚
@kioku-no-hondana
2026年9月9日
わざわざ書くほどのことだ
長瀬ほのか
読み終わった
実家に帰ったとき、私の髪がグラデーションカラーになっていることを誰も指摘しなかったのにはさすがに痺れた。皆、グラデーションカラーよりおむつのおしっこサインに夢中である。やはり初孫が家族に与える影響は絶大だ。 p17
「空き箱を見ると、ここに何入れよう⁉︎ってワクワクしない?」
目を輝かせながら空き箱の無限の可能性について同意を求められたが、残念ながら私はクッキーの空き箱を見てもクッキーがもうないとしか思えない。 p55
離れて住む叔母(父の妹)のところには、地元の同級生から「おい、おまえの実家燃えてるぞ!」という電話がかかってきたらしい。同級生からの電話史上最も嫌かもしれない。 p69
「だって、大抵の後悔や心配事は自分さえ忘れてしまえばなかったことになるじゃん」
幼少期から心を快適にするための工夫は惜しまなかった。
叱られるのが確定しているのなら、そのことで頭をいっぱいにして過ごしたところで精神が削られるだけで得るものがない。提出物の件は一旦なかったことにして、午前の授業を受け、給食をおいしくいただき、あとは叱られるときに叱られるのみ。これで憂鬱な時間を最小限にできる、という論法である。 p73
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さくらももこ、朝井リョウのエッセイが好きな人は間違いなく好きだと思う。
ユーモアが効いた言い回しの巧さや、日常の中に突如として起こる数ミリの面白い出来事を見逃さずに その数ミリを何キロメートルもの面白いエピソードに落とし込む、そんな筆者の才能に脱帽であった。
私もこんなふうにユーモアある視点を持って人生を生きたい。
ユーモアって、人生を輝かせるための一番のエッセンスだと思う。