
白玉庵
@shfttg
2026年9月9日
マツタケ
アナ・チン,
赤嶺淳
読み終わった
好き
クラシックには全く造詣のない人間なのですが、この名著のラストスパートでふと「これはラヴェルのボレロを聴きながら読むといいのでは」と閃き、流したところ相乗効果が素晴らしかったです。本と曲の構造が似ているからだと妄想しています。(ふだんは読書のときに音楽はなくてよい派)
終盤で分類学や発生学のほうに話が向いて、ちょっとついていけないかも?と思ったあたりで大輪の花火のような文章が連打され、人工衛星の周りに胞子が飛び交っている様子を想像して、「Amaze! Amaze! Amaze!」となった。ひとりぼっちじゃない人工衛星、潜在的コモンズ!
副題のpossibility on the life in the capitalist ruinsがこの本のテーマを余すところなく表しているなぁ。
成層圏は菌類の胞子でいっぱいだ。そのような高度を、風に吹かれて胞子は地球をめぐっている。そうした胞子のどれほどが生き残り、辿りついた地点で発芽するかは、わかっていない。 p346
文化人類学者が文化をあつかうように、鈴木博士は種をあつかっていた。使用されつづけるために、たえず問いなおされねばならない枠組みとして。わたしたちが知っている種類は、知識の形成と実世界のあいだの壊れやすい接合点で発展することを博士は暗示してくれた。種類はいつも発展途上にある。というのも、わたしたちはつねに新しい方法で研究するためだ。そのことによって、種類がより流動的でさらなる疑問を呼ぶように見えたとしても、そのために現実でなくなるわけではない。 p351
移動するのは生態系である。道理で、意図せずに、無意識に人類がかくも多くの種を動かしてきたわけだ。わたしたちは、つねにあらたな生態系を作りだしてもいる。しかも事態を変化させるのは人類だけではない。 p357
すべての集まりは、はじまったばかりの未来を内包しており、政治活動とは、そこに発生するものを掬いあげることだ、と彼女は提案している。不確定性は、歴史の終わりなのではなく、むしろ、たくさんのはじまりが潜んでいる結節点なのである。政治的に聞くことは、まだ明確化されていない共通の課題を見つけることである。 p382-383
よくこれだけクロスオーバーで広範囲なエリアを扱う著作を翻訳して出版してくれたなぁ、本当にありがたい。書いてあることの背後には何倍、何十倍もの調査と思索があり、参考文献は膨大だ。その中から自分がひっかかったものを辿っていけば、また新たな問いと発見が始まるのだ。










