マツタケ
24件の記録
白玉庵@shfttg2026年9月9日読み終わった好きクラシックには全く造詣のない人間なのですが、この名著のラストスパートでふと「これはラヴェルのボレロを聴きながら読むといいのでは」と閃き、流したところ相乗効果が素晴らしかったです。本と曲の構造が似ているからだと妄想しています。(ふだんは読書のときに音楽はなくてよい派) 終盤で分類学や発生学のほうに話が向いて、ちょっとついていけないかも?と思ったあたりで大輪の花火のような文章が連打され、人工衛星の周りに胞子が飛び交っている様子を想像して、「Amaze! Amaze! Amaze!」となった。ひとりぼっちじゃない人工衛星、潜在的コモンズ! 副題のpossibility on the life in the capitalist ruinsがこの本のテーマを余すところなく表しているなぁ。 成層圏は菌類の胞子でいっぱいだ。そのような高度を、風に吹かれて胞子は地球をめぐっている。そうした胞子のどれほどが生き残り、辿りついた地点で発芽するかは、わかっていない。 p346 文化人類学者が文化をあつかうように、鈴木博士は種をあつかっていた。使用されつづけるために、たえず問いなおされねばならない枠組みとして。わたしたちが知っている種類は、知識の形成と実世界のあいだの壊れやすい接合点で発展することを博士は暗示してくれた。種類はいつも発展途上にある。というのも、わたしたちはつねに新しい方法で研究するためだ。そのことによって、種類がより流動的でさらなる疑問を呼ぶように見えたとしても、そのために現実でなくなるわけではない。 p351 移動するのは生態系である。道理で、意図せずに、無意識に人類がかくも多くの種を動かしてきたわけだ。わたしたちは、つねにあらたな生態系を作りだしてもいる。しかも事態を変化させるのは人類だけではない。 p357 すべての集まりは、はじまったばかりの未来を内包しており、政治活動とは、そこに発生するものを掬いあげることだ、と彼女は提案している。不確定性は、歴史の終わりなのではなく、むしろ、たくさんのはじまりが潜んでいる結節点なのである。政治的に聞くことは、まだ明確化されていない共通の課題を見つけることである。 p382-383 よくこれだけクロスオーバーで広範囲なエリアを扱う著作を翻訳して出版してくれたなぁ、本当にありがたい。書いてあることの背後には何倍、何十倍もの調査と思索があり、参考文献は膨大だ。その中から自分がひっかかったものを辿っていけば、また新たな問いと発見が始まるのだ。










白玉庵@shfttg2026年9月5日読んでる次から次へと話題が押し寄せてきて、知恵熱が出そう💨 5章で『ディア・ハンター』の予感がしたが、6章で完全にそうなった。もぐもぐ羊さんが言及されていた『戦争みたいな味がする』も、まさにそれだった、という展開になりました。7章はアメリカに移民としてあることについて。日系人コミュニティも考察されている。 アメリカ的プロテスタントへの改宗の要点は、「かつて、わたしは迷っていました。しかし、神をうけいれました」と明言することである。そのかわり、難民はいう。「共産主義軍の兵士がわたしに銃口を向けました。すると、神がわたしを見えなくしてくれました」「戦争によって、わたしの家族は山中でちりぢりになりました。すると、神がわたしたちを再会させてくれました」。神は、危険を撃退する土着の精霊のような働きをしている。内面の変容を必要とするかわりに、フリーダムを支持することを通じて、わたしが会った改宗者たちは庇護されていた。 p159-160 痺れるなぁ…









白玉庵@shfttg2026年9月3日読んでるマツタケ狩りは「労働」(labor)ではない。しかし、労働に憑かれてもいる。所有権も同様である。マツタケ狩りたちは、まるで森林が広大なコモンズ(みんなのもの)のようにふるまっている。しかしそれらの土地は公式にはコモンズではない。 p119 5章、人類学と経済学と民俗学が混在していて、面白いなー。ちょっと『ディア・ハンター』みもあったり。所有権も、このあと北欧パートになるとまた出てくるんだろうけれど、とりあえずアメリカではグレーゾーンのなかみんなマツタケをとっている。











白玉庵@shfttg2026年9月2日読んでる隣接していそうな本 『砂糖の世界史』 『アヘン王国潜入記』 『オーウェルの薔薇』 進歩を前提としない資本主義とは、いかなるものなのか? -中略- 撹乱に基づいた生態学を模索してみるのもよい。そうした環境下では、多くの生物たちが、調和も征服もせずに、ともに生活している。 p9 ハーモニーではなくポリフォニー。不安定で多様。面白い面白い。ぐんぐん読める。 メキシコの衣服縫製工場の労働者は、女性だからという理由で、まだ仕事をはじめないうちから縫い方を知っていて当然と思われている。ここに非資本主義的経済形式と資本主義的経済形式がともに作用していることを、わたしたちは垣間見ることができる。女性は成長過程で裁縫を学ぶ。サルベージ・アミュレーションは、工場の所有者の利益のために、女性が家庭で習得した技術を工場に引きこむ工程である。 p98 おお、これさっき『近代日本の「手芸」とジェンダー』で試験に出るよ!って言われてたとこだ。さらっと通り過ぎてから「あれ?」ってなって戻ってもう一回よく見る、というのは自然観察でよくあることで、おそらくマツタケも同じだと思うが、この本もそう。手元に置いて何度も訪ねるような本なのかもという予感。(でも高い!)











白玉庵@shfttg2026年8月31日読み始めた@ 喫茶 余白手芸が手を離れたので、マツタケに着手。こういう本って、本当に本屋さんのどの棚にあるんだろ。ソルニットの『ウォークス』とか、ゼーバルトの『土星の環』とか、わたしの中では「思索系」なんだけど、そんな棚はない。 産業の転換がおこると、未来についての明るい展望が泡沫にすぎないことがわかるばかりか、そのあとには崩壊しきった生計と損害をうけた景観が残されるだけである。 p27 余白の回数券を買って秋にむかう。










糖@inwatermelon_2026年8月9日読み終わった先日読んだ「食卓にきた犬」の中で、名著として紹介されていた本。インパクト特大なタイトルがどうしても気になったので読んでみた。 邦訳副題は「不確定な時代を生きる術」。 人文社会科学、経済学、環境学、民俗学、あらゆる学問をマツタケという存在を通して紐解いていく、冗談のようで至って真面目な、でもどこかユーモアや示唆に満ちた不思議な本だった。 日本人がこぞってありがたがるマツタケの発生・収穫は、予見、規則、管理、最適化⋯そんな言葉とは真逆のところにある。 混沌とした広大な里山において、ちょっとした風景の揺らぎや動物たちの残したわずかな痕跡などを手がかりに、熟練のハンターたちがそれぞれの経験や能力を頼りにして一つ一つを丁寧に見つけ出していく。 そのような、資本主義経済とは遠く離れた世界にあるように見えて、その商品的価値は資本主義から逃れることができないアンビバレントな存在がマツタケ。 広島に原子爆弾が投下された後、荒廃した大地に最初に生まれた命は、なんとマツタケだったという。 人類がお互いを憎み、禁じ手ともいえる最終兵器で滅ぼし合った結末に、新たなスタートを切るのが、人類の大好きなキノコであるというのはなんとも皮肉めいていると思った。 マツタケは、人間だけではなく、シカやクマ、森の多くの生き物たちにとっても、目の色を変えて探したくなるような魅力的な芳香がするらしい。 全てがリセットされ、カオスに包まれた野生の世界で、キノコを求めてさまよう動物たちの暮らしを想像する。そこに人間はひとりもいない。 人類が滅ぶことは地球史の終わりでもなんでもなく、無限に続くストーリーにおけるちょっとした閑話休題に過ぎないのかもしれないと考えると、無責任にも我々の肩の荷が少し軽くなるような気さえした。 ⋯なんて、現実逃避すらしたくなるような2026年の8月6日、そして9日。 ここまで混沌を無理やり秩序立ててはびこった我々、せっかくだから末永く、誰もが平和にはびこり続けてはいけないものかな。


白玉庵@shfttg2026年8月9日気になる糖さんの投稿で。『マツタケ』なんてタイトルの本、誰かの熱烈なお勧めがなければ、おそらく目にも留まらないというか、どの棚にあるのかもわからない。みなさんの投稿、本当に助かります。











Ayako@aya_rb2026年8月9日気になる読みたい白玉庵さんの投稿より。 なんとまあ、こんなタイトルでこんな内容のこんな面白そうな本があるとは! 書店に行くだけではなかなか見つけられないかもしれないし手に取らないかもしれない、Readsの底力を感じる。






















