
一年とぼける
@firstareethe
2026年9月10日
バトラー入門
藤高和輝
読み終わった
感想
これ文体選択間違ったでしょ。良く言えば砕けて平易な、悪く言えばネット文体的軽くてクドい文体で書かれている。書籍という権威性やエクリチュールのパフォーマティヴ性の攪乱への試みとして理解はするけど、その文体に引っ張られて露悪に陥っている箇所が少ないながらもある。露悪に溺れてしまった時点で、失敗だったと言わざるを得ない。文体と下記の露悪点が気にならないという人にとっては、バトラーの全体像というより「ジェンダー・トラブル」解説書として有用なのではと思う。
第三章「"You make me feel like a natural woman"」、著者による同名曲への「チャカし」から章が始まる。
これがあまりに酷く露悪的で、アリサ・フランクリンファンとしては看過し難い(キャロル・キングファンも同様だと思う)。明らかにちゃんと曲を聴いていないし、歌詞もサビ以外は知らずに雑で的外れな誹謗が書かれている。
一つ擁護すれば、後段のバトラーによる同曲の解題との落差を狙って、あえて過剰に書き立てた可能性はあるが、それにしても低質な誹謗には我慢ならない。こっちは誹謗の為に一冊読み切ったんだから、そっちも歌詞熟読まではいかなくとも一回はちゃんと聴いてから誹謗しろ、と率直に思う。
著者による「チャカし」によれば、タイトルを意訳すれば「あなたといると、すっごく女のように感じる」になるそうだ。「あなた」とはもちろん男性を意図している。つまり、Femなキラキラソングになるらしい。曲をちゃんと聴いた事ある人なら、間違ってもこんな感想になりますかね?仮にも男性代名詞が一度も使われていない楽曲に?
もちろん時代的制約を考えれば、キャロル・キングが異性愛を前提としていただろうとは思う。しかし、同曲は歌詞だけからも非常に開かれた解釈を許す楽曲なのは間違いない。そもそも代名詞の排除からラブソングではなく霊歌の可能性も開かれている楽曲だし、「Woman」以外に性的代名詞も使われていないため、クィア読解も非常に容易な歌詞構成になっている。
歌詞を正面から読むだけでも、社会的制約下にある「Woman」というくたびれた状態から、あなた(You)といると制約から解かれて自然な自分でいられるといった趣旨なので、キラキラソングのかけらもない。明らかに曲を知らずに誹謗している。後段のバトラーがそのジェンダー性に触れた解題をしているのを紹介しているからといって、こんな雑なもん許せる訳ねぇだろ。書いててまたムカついてきた。
この様に、知りもせずにクィア読解に優れた題材を雑に上から目線で誹謗してしまっている。この露悪を読んで思ったのは、この著者は他人が大事にしているかも知れないものをこんな無責任に無碍に扱えてしまうんだな、というものだ。ファン故の過剰反応だと思われるなら、それは仕方ない。それでも許すつもりはない。
この露悪文の後で、対話の重要性と難しさ、「可能性」という開かれた状態への希求や「代名詞(!)」というセンシティブへの言及もあったが、どの口が言うのかと。それら全ての可能性に開かれた楽曲を誹謗しながら。アリサファン、キャロル・キングファンでなければ良い本だと思えるんじゃないですか。知らんけど。自分はファンなので著者が扱った様にこの本も無責任で無碍に扱う他ない。対話の可能性は向こうが勝手に閉めた。

