
ナナミ
@nanami373
2026年9月10日
AIに選ばれ、ファンに愛される。
佐藤尚之
読み終わった
世界中が世界一賢いAIとあらゆることを相談をする「世界一賢い消費者」になった時、マーケティングはどうなるのか。AIに選ばれ、選ばれ続けるという、ブラックボックスに全力ベットするような茨の道しか残されていないのか。
という、断末魔みたいな問いへの答えが、タイトルにもある「ファン」。AIが出す論理的な答えに対抗しうるのが、「きみの意見はもっともだよ。でも私はこれが好きなの。理屈じゃないの」って自社商品を選り好みしてくれるファン。どこまでも合理的なAI 。vs 愛。愛は非合理。
そんなーという気持ちもありつつ、イチ消費者としては納得感がある。好きは論理でも理屈でもない。ついでに反対されると燃え上がるまでもある。
AIの論理を超えた「関係性」こそが、AI時代における企業の生命線になる。つまり、ファンという存在、指名顧客・障害顧客という資産こそが、AIという「どうすれば選ばれるのかわからなすぎる機械」を相手にしないといけない時代の、大きな希望となる。
説明が不安になるくらいわかりやすい。
しかし、委ねる楽さに浸り切った時、はたして私たちはどこまで愛という我を貫けるのだろうかねという疑問も生まれた。人間はどこまでをAIに明け渡すかって、程度問題なのかもしれない。意志まではハックされないと言い切れない。意志だってグラデーションだもの。意志を持つってコストだもの。人類、愛だけはAIに明け渡さずにいられるか。
冒頭、マーケティングの大事件です!ってノリで始まったけど、人類が何かのファンでいることすらやめてしまった時がマーケティングの死なのかもしれない。世界がAIとAIの戦いだけになる。
結局、AIにおまえって本当に私/人間のことわかってないよなーって思うことこそ、われわれの非合理・論理破綻・一貫性のなさという人間らしさの証左なのかもしれない。脳の調子がいい時に、私は環境問題に非常に興味があって〜って滔々とAIに語るかもしれないけど、疲れ切ってポテトチップスを買おうとした時に、その企業はパーム油がうんぬん言われたらやかましいですわボケ以上の感想わかないもんな。今じゃない。見てわからん?ってAIにキレても仕方ない。