
でんぐりわたる
@wataru_s
2026年9月11日
読み終わった
駅伝を走るケニア人ランナーにスポットライトをあて、そこからケニアからの中長距離ランナーを日本に受け入れる歴史的な過程や、ケニアでのランナーの実情に、ランナーと同じ時間を過ごすことで迫ったノンフィクション。
箱根駅伝などでテレビ越しに視界に入ってはいて「見えて」はいるが、その素性は知らない(というより“異質“なものとして存在を認めているだけ。その異質さの背景を知ろうとしない)という「視えない存在」であるランナーたちに迫っている。著者は彼らと同じ時間を過ごすことで視えなさを解消していく。
日本では東南アジアからくる実習生や留学生の個々人にもこれらランナー同様、当然ながらそれぞれの物語がある。しかし我々はこれらの人たちを記号的にとらて「見て」はいるが、意思を持って対象を理解しようとして「視て」はいないことにも気付かさられる。そして、視ないまま感情的に遠ざけようとする。
人を付属情報やレッテルで「見る」ことなく、その人の背景に想いを巡らせその人個別の一つの人生を感じ入ることで、「視る」ことができ、それだけで世界の輪郭が変わるものだと気付かせてくれる。