

でんぐりわたる
@wataru_s
2026年1月からの読書の記録。ノンフィクション、ホラー、SF、文化、人類史。
- 2026年10月5日
ボーイング 強欲の代償江渕崇読み終わった - 2026年9月25日
檻の中のルフィ 闇バイトを生んだ者たち栗田シメイ読み終わった2022年5月から翌年1月までにかけて日本を震撼させた広域強盗事件の首謀者集団(「ルフィグループ」)について、彼らの背景から組織の成り立ち、事件の詳細から逮捕に至るまでを、幹部1名、主要なメンバー1名との数多のやり取りで立体的に詳解したノンフィクションである。 出版時点ではリーダー格2名の裁判が開始しておらず、さらに両人とも黙秘を貫いている。本書はリーダー格の彼らの供述が反映されていないことを差し引いても、組織犯罪の一連の顛末がよく理解できる形にまとまっていた。結局は「徹底して管理するとこ」と「人心を掌握すること」が(たとえそれが犯罪組織でも)組織をマネージする上で重要であることが再確認される。この点は会社運営でも変わらない知見であると思う。また、「仕事(と責任)を分散させることで当事者意識が無くなる」ことも会社組織などではマイナスなる一方、犯罪においては罪悪感を無くす方向に働くのは興味深い対称性だと感じた。 ルフィグループは一連の強盗事件で注目を集めたが、組織のおこりは特殊詐欺であったことは知らなかった。詐欺で培った術をそのまま強盗に転用したことが一連の強盗事件の核心であるともいえる。 さらに、フィリピンをはじめとした東南アジアの汚職の酷さも垣間見える。ルフィグループも金で現地警察やコネクションを利用できるだけ利用したが、最後は単にフィリピン人の身内に売られるのが何とも儚い。 一気読みできる筆力はさすがの著者であった。また次の著書も楽しみに待ちたい。 - 2026年9月22日
読み終わった2019年4月に起こった池袋高齢者暴走事故について、その事故の詳細と今に至るまで、被害者遺族の松永氏、そして加害者である飯塚氏の長男との対話と取材の記録である。言わずと知れたこの「上級国民」による事故はさまざまなものを世の中に投げかけた。と同時に現代社会の有り様も浮き彫りにするものであった。高齢者の免許返納、遺族や加害者へのSNSでのバッシング、メディアスクラム等々。 被害者遺族は当然のこと、加害者とその関係者も壮絶な運命に巻き込まれたと言える。ただ、この事故という過酷な運命は彼らから大切なものをたくさん奪ったが、彼らは「目の前の現実から逃げない」という精神的な自由を守り通していた。彼らの言葉や行動からは、事故の当事者でもない我々も様々な悩みを抱えつつ日々をかけがえのないものと理解してどう生きるか、普遍的なものを投げかけられた。 加害者である飯塚氏もまた、相当な精神的な負担を強いられていたであろうことは想像に難くない。特に自分自身が築き上げてきた地位は、客観的な情報をもとにする計測工学の世界であるが、その事故に関する客観的な物理的情報が自分の感覚と相容れないという板挟みにあっていた。獄中で何を考えたか、そこはこの本からは直接的には読み取れず、なんとも残念であった。 本書は社会的に大きなものを投げかけた事故の記録であると同時に、それを取り巻く人々の心の闘いの記録でもある。重く、受け止めるべき本である。 - 2026年9月17日
神話の力ビル・モイヤーズ,ジョーゼフ・キャンベル,飛田茂雄読み終わった比較神話学者ジョーゼフ・キャンベルとジャーナリストのビル・モイヤーズによる対談をまとめた一冊。キャンベルは世界各地の神話や宗教、文学を比較し、文化や時代を超えて繰り返し現れる神話の共通構造を研究した人物。特に、英雄が日常世界を離れ、試練を経て変容し、再び帰還するという「英雄の冒険」の構造を論じ、後世の文学や映画にも大きな影響を与えた。 一方のモイヤーズは、長年テレビ・ジャーナリズムに携わってきた人物で、本書はキャンベルが一方的に神話学を講義するのではなく、モイヤーズが現代社会や私たち自身の人生へと議論を引き寄せながら問いを投げかける対話形式になっている。そのため扱われる範囲は、ギリシア神話やキリスト教、仏教、ヒンドゥー教、アメリカ先住民の神話などにとどまらず、結婚、愛、成人、仕事、芸術、死、さらには現代社会における生き方にまで広がっていく。 本書でキャンベルが語ろうとしているのは、神話を「昔の人々が信じていた物語」として学ぶことではない。文化や時代が異なっても、人間は誕生し、成長し、親から離れ、社会に入り、愛し、苦しみ、何かを失い、やがて死ぬ。神話とは、そうした人間に普遍的な経験を、物語と象徴によって意味づけてきたものなのであるということである。 ① 神話は、個人・社会・宇宙をつなぐ 本書の第一の重要な命題は、神話が個人の人生を、それより大きな社会・自然・宇宙の秩序へと結びつける働きを持つということである。 伝統社会に存在した成人儀礼や結婚、死と再生、英雄の冒険といった神話的モチーフは、単なる空想ではない。それらは、人生のある段階を終えて次の段階へ進むことや、自己中心的な生き方から離れて社会の一員となること、愛する者を失うこと、自らの死を受け入れることなど、人間が避けることのできない経験に意味を与えてきた。 そのため、文化も宗教も異なる世界各地の神話に、驚くほど似た構造が現れる。表面的には異なる神々や英雄の物語であっても、その奥には人間に共通する経験がある。神話は大昔に語られた誰かについての物語であると同時に、いま生きている自分自身についての物語でもある。 ② 神話は、人間に「自分の人生を生きる」ための方向を示す 第二の命題は、神話が単に世界を説明するものではなく、人間が自分自身の人生をどう生きるかに関わるものだということである。 その象徴が、本書で繰り返し語られる「英雄の冒険」であり、キャンベルの有名な言葉「至福に従え」である。 英雄は、それまで属していた安全な世界から離れ、未知の世界へ踏み出し、試練を経験し、変容して帰ってくる。この構造は英雄伝説だけのものではない。成人すること、仕事を選ぶこと、愛すること、家庭を築くこと、挫折すること、喪失を経験することなど、私たち自身の人生にも繰り返し現れる。 「至福に従え」とは、単純に好きなことだけをして生きろという意味ではない。社会から与えられた既成の道だけを歩むのではなく、自分の内側にある生命の方向を見つけ、その人生を引き受けることを意味している。そうして自らの人生を生きるとき、人は自分の生涯を一つの物語、あるいは本書のあとがきで語られるような「一編の詩」として経験できるようになる。 ③ 神話が最終的に指し示すのは、有限な人生の中にある「永遠性」である そして本書の議論が最終章「永遠性の仮面」で到達するのが、時間と永遠性の問題である。 キャンベルにとって永遠とは、時間が無限に続くことではない。過去から未来へ延々と続いていく時間の先に永遠が存在するのではなく、永遠とはそもそも時間を超えた次元であり、私たちが生きている「いま、ここ」に存在する。 人間は時間の中では、一人の有限な存在として生まれ、他者から分離し、変化し、やがて死ぬ。しかし愛や他者との深い関係、喪失、至福といった経験の中で、一瞬、自分と他者という分離を超えたものに触れることがある。キャンベルが語る永遠性とは、死後のどこか遠くに存在するものではなく、こうした有限な生のただなかに垣間見える、時間を超えた次元なのである。 そして、ここに「永遠性の仮面」という題名の意味も見えてくる。神々、英雄、宗教、愛、生と死など、世界の神話が示してきた姿は文化によって異なる。しかし、それらは異なる姿をまといながら、人間が有限な生の中で経験する同じ根源的なものを指し示している。つまり、さまざまな神話的イメージや人間の経験は、時間を超えた永遠性が時間の世界に現れるときにまとう「仮面」なのである。 だからキャンベルが最終的に求めているのは、世界中の神話を大量に暗記することではない。あとがきで強調されるように重要なのは、神話についての「カタログ的な理解」以上に、神話が指し示しているものを自分自身の人生の中で経験することである。 - 2026年9月14日
輝ける闇開高健読み終わった開高健ノンフィクション賞の存在から、開高健作品の一つとして読了。氏がベトナム戦争初期に米軍側に記者として潜入したルポルタージュ。終盤の戦闘における描写は生々しさを感じさせた。 「平和の大切さ」とか甘ったるいことを語った生半可な本ではない。戦争での人間の非道を通して生きることの「熱」を感じさせる本である。嫌な言い方になるが、著者は戦争を自己解体と自己誕生に「利用」しているとも言える。 とにかく文体は現代の文章に沿っているわけではないので非常に読みづらい。だが、凄まじい本を読んだことは確かだ。 - 2026年9月12日
- 2026年9月11日
読み終わった駅伝を走るケニア人ランナーにスポットライトをあて、そこからケニアからの中長距離ランナーを日本に受け入れる歴史的な過程や、ケニアでのランナーの実情に、ランナーと同じ時間を過ごすことで迫ったノンフィクション。 箱根駅伝などでテレビ越しに視界に入ってはいて「見えて」はいるが、その素性は知らない(というより“異質“なものとして存在を認めているだけ。その異質さの背景を知ろうとしない)という「視えない存在」であるランナーたちに迫っている。著者は彼らと同じ時間を過ごすことで視えなさを解消していく。 日本では東南アジアからくる実習生や留学生の個々人にもこれらランナー同様、当然ながらそれぞれの物語がある。しかし我々はこれらの人たちを記号的にとらて「見て」はいるが、意思を持って対象を理解しようとして「視て」はいないことにも気付かさられる。そして、視ないまま感情的に遠ざけようとする。 人を付属情報やレッテルで「見る」ことなく、その人の背景に想いを巡らせその人個別の一つの人生を感じ入ることで、「視る」ことができ、それだけで世界の輪郭が変わるものだと気付かせてくれる。 - 2026年8月29日
社喰い片田江康男読み終わった船井電機の自己破産、ミュゼの自転車操業や会社分割とクーデター破綻、ルシアンHDとマイス社によるM&Aトラブル。これらへの取材と事の経緯を詳述した本。終章では、買い手企業、売り手企業のオーナー、M&A仲介会社の利害が一致するトライアングルの構図を明らかにして、日本の中小企業のM&Aの実態に迫る。 出てくる関係者はみなどこか他責で、「自分は騙された側」と主張する。そこに会社や従業員を慮る態度は感じられない。しかし一方で、彼らにはある種の正直さがある。自らの「欲」にも他人の抱く「欲」にも自覚的で肯定的だ。欲を起点とした彼らの無責任さがあるかぎり、会社は喰われつづける。 本書はとにかく読みやすく、門外漢の自分でも事の経緯がスルスルと頭に入ってきた。特に、一度読んだだけでは理解できないような事実関係を述べた後、直後の文で「つまり、、」「要するに、、」とわかりやすく噛み砕いてくれる親切さも好感が持てた。無駄な記述もなく大変読みやすい。 - 2026年8月26日
怪死ダグラス・プレストン,棚橋志行読み終わったThe Lost Tomb(失われた墓)が元々のタイトルである。オムニバス的に、著者が雑誌に掲載した人類学、考古学、古生物学などの中から選んだものを集めた作品集。邦題タイトルを額面通り受け取ると猟奇事件や陰謀、怪死事件を期待するが、内容の多くは先史時代のアメリカ先住民やその近辺の人類学が中心。 特に印象に残ったのは8章の「恐竜が滅びた日」。白亜紀の恐竜絶滅に関するKT層の大発見などは初見であった。 総じて、いろいろな分野にまたがる内容であるため、興味が長続きしない問題が読書中ずっと付いてまわった。 - 2026年8月10日
NEXUS 情報の人類史 下ユヴァル・ノア・ハラリ,柴田裕之読み終わった情報が増えれば真実や知恵が増えるわけではなく、情報ネットワークは真実だけでなく虚構や誤りによっても秩序を形成する。ゆえに、人類がAI時代の強力な情報ネットワークを生き延びるには、自らの可謬性を認め、強力な自己修正メカニズムを備えた制度を構築し続けなければならない。以上が主要な主張。 ただ、コンピュータや情報ネットワークに、認識論的な意味での『可謬性』を帰属させられるのか?の疑問がずっと残る本でもあった。例えばFacebookの推薦アルゴリズムが「エンゲージメント最大化」を目的としていて、ロヒンギャへのヘイトを大量に推薦したとして、アルゴリズムは間違えたのか?とは言えない。 目的関数に対しては、むしろ正しく動いた可能性がある。「その結果は人類にとって望ましくない」と判断しているのは人間だ。著者は絶対的な価値判断を情報ネットワークにも用いている。そこはもやもやする。 - 2026年7月23日
NEXUS 情報の人類史 上ユヴァル・ノア・ハラリ,柴田裕之読み終わった情報は物事を結びつけるものである。 情報の複雑な見方では、情報は真実と秩序を作り出し、それぞれが力を持つが、真実だけが知恵を創造する。 人類の情報との関わり合いはこの真実と秩序のバランスをとることの歴史ともいえる。 不可謬の幻想を保った全体主義の悲惨な歴史を概観するが、かと言って民主主義を礼賛するのではなく、どちらもそれぞれの問題を潜在的にはらんでいることを説く。 下巻では人間のものとは異質の知能「エイリアンインテリジェンス」がもたらすものについて可能性を探る。 (本書での「官僚制」って言葉はもっといい日本語の訳があったんじゃないか?) - 2026年7月3日
地域と人口減少の経済学小峰隆夫読み終わったスマートシュリンクがキーワード。 そもそも人口減は不可避であるので、人口は減ってもウェルビーイングが維持増加できればいいというふうに思考を転換せよ。というのが著者の主張。また、地域づくりの新たな方向性として国主導から地域主導で、選択的集中をしたうえで、知識、ソーシャルキャピタルのソフト資源中心の手法を取るべき。劇場型ではなく共有型のどの自治体でも取り組める地域政策の手法を具体例を交えて語る本であった。 もう少しスマートシュリンクに関しての長期的な展望や深い実践的な方法論も示してほしかった。少し尻切れトンボかもしれない。だが、人口減に正面から向き合った勇気のある本だと思う。 - 2026年6月30日
呪いの☒☒三津田信三,上條一輝,北沢陶,澤村伊智,背筋,芦花公園読み終わった日常に潜む「呪い」をテーマにした作家6人による6つのオムニバス作品。「呪い」からイメージする静かで、しかし徐々に侵食されていくような、静かに溺れていくような怖さを感じる本だった。 背筋氏の話が構成的に新鮮さをかんじるものだったし、率直に恐ろしいと感じる話だった。 - 2026年6月26日
どんがら トヨタエンジニアの反骨清武英利読み終わったハチロクとスープラというトヨタを代表するスポーツカーを現代に復活させたエンジニアの話。 トヨタの製品開発における現場の空気感や協業とのシビアなやりとりなどがリアルでヒリヒリする内容だった。 本の展開としては大きな結末や大転換などは無いが、そこにサラリーマンってこんなもんだよな、スペクタクルなドラマはなく、辞めたとしても淡々と日々は続くものだよなということ意識させられた。 - 2026年6月19日
ブレイクショットの軌跡逢坂冬馬読み終わった事実は私たちが知る由もないほど複雑なのに、興味本意と軽く並べる言葉が当人たちを苦しめる。 「世界は狭い」を感じさせてくれる本でもあった。また、どの話からも破壊や破滅からの微かな再生の光を感じさせてくれるから、読者は陰鬱な気分ではなくて希望を見出して読了できるのもいい。 いろいろな社会問題を組み入れた小説でもあったけど説教臭さはなくて爽やかな読後感だった。 「うまいな」「おもしろいな」と思う本ではあったけど、鈍器でぶん殴られたような本かといえばそうでもないかもしれない。ただ、面白かった。 - 2026年6月11日
偽情報戦争小宮山功一朗,小泉悠,桑原響子読み終わったディスインフォメーションをキーワードに現在の情報安全保障に関して3人の著者がそれぞれの観点から各章をまとめた本。特に現代情報戦争における物理インフラと情報インフラに焦点を当ててるのが特筆すべき点であった。物理インフラのレジリエンスや、企業に掌握される論理インフラのガバナンス不透明さなど、これらが戦時に与える影響とその対応について、高市政権が考える国家情報局で十分に検討されることを望む。 そもそもサイバー空間はそろそろ規制が必要かもしれない。「民主主義が脅かされている」という具体的な一面を知った。しかしながら、自由な情報の堅持、データの分散、選挙の保護、で、民主主義を守ってく必要はある。 情報はもはや闘争手段のひとつであって安全保障の一領域である。 - 2026年6月2日
ダクダデイラ餅屋蛾読み終わったモキュメンタリーホラー。各章ごとに異なる(ように見える)怪異をそのプラットフォーム(Xや知恵袋など)への投稿という形で表現してる。 最終的に全体像が把握できない形が逆に良かったと思う。 - 2026年5月18日
- 2026年5月13日
エッシャー完全解読近藤滋読み終わった - 2026年4月16日
親友は山に消えた小林元喜読み終わった
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